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大島優子さん、子役の活躍から多少の曲折を経て超人気アイドルへ
大島優子さんの学歴と出身校についてご案内します。
大島優子さんはAKB48の元メンバーとして、代表的なアイドルとして活躍しました。
一方でもともと女優を目指していたこともあり、AKB48を卒業したあとは着実に実力を蓄えて活躍しています。
出身は栃木県の壬生町(みぶまち)で、小学校時代に神奈川県にいたことも知られています。壬生町に戻ったあと、中学・高校は地元の公立校に通っていました。
壬生(みぶ)高等学校 ⇒ 進学せず
高校時代の終わりころ「AKB48追加メンバー」のオーディションに合格し、高校卒業と同時に活動に専念し、中心的メンバーとして活躍するようになりました。
*大島優子さんについては、著名アイドルとして多くの逸話が知られていますが、過去のネット記事は無効ページも多くなりました。ゆえにこちらでは特に注釈のないかぎり、エケペディアの「https://48pedia.org/大島優子」のデータを参照しています。
*また上記エケペディアの「https://48pedia.org/大島優子」では大島優子さん自身のコメントを、2011年に発行された『大島優子1stフォトブック 優子』から引用しており、結果として同書から、多くを参照しています。(詳細は下記に)
AKB48を卒業してから10年ほど経過し、略歴のように幅広いドラマ等で、主演級の演技をすることが多くなっています。
私生活では林遣都さんとの結婚も話題となり、2023年にはお子さんも生まれました。
大島優子(おおしま ゆうこ)
生まれ: 1988年10月17日
出身:・栃木県壬生町
1995年:(推定)小学校入学、7歳
1996年:芸能活動を始める、『ひよこたちの天使』
1998年:『大怪獣東京に現わる』祭の少女
2001年:(推定)中学校入学、13歳
2004年:(推定)高校入学、16歳
2005年:「Doll’s Vox」に所属
2006年:『第二期AKB48追加メンバーオーディション』に合格
2007年:(推定)高校卒業、『ICE〈劇場版〉』声優、19歳
2008年:『弁護士 一之瀬凛子』、『櫻の園 -さくらのその』沢美登里、20歳
2009年:『テケテケ』主演
2010年:『マジすか学園』大島優子 、AKB48第2回総選挙で1位
2011年:『私が恋愛できない理由』、23歳
2013年:『NHK紅白歌合戦』でAKB48卒業を発表
2014年:『大島優子卒業公演』でAKB48を卒業、26歳
2015年:『銭の戦争』、『ロマンス』主演、『ヤメゴク〜ヤクザやめて頂きます』主演
2016年:連続テレビ小説『あさが来た』平塚明、28歳
2017年:『東京タラレバ娘』、アメリカへ語学留学
2019年:『罪と罰』ソーニャ、連続テレビ小説『スカーレット』熊谷照子、31歳
2021年:大河ドラマ『青天を衝け』伊藤兼子、林遣都さんと結婚、32歳
2022年:『天間荘の三姉妹』天間のぞみ
2023年:第1子を出産
2024年:『アンチヒーロー』白木凛 、『GO HOME〜警視庁身元不明人相談室』月本真、35歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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大島優子さんの出身高校は栃木県立壬生(みぶ)高等学校
大島優子さんは、地元の公立高校である栃木県立壬生高等学校を卒業したことが分かっています。壬生高等学校は、壬生町にある唯一の高校になります。
壬生町は栃木県南部にあり、人口はおおよそ4万人。
斉藤和義さんらとともに、大島さんは壬生町出身の著名人となっています。
出身高校:栃木県立壬生高等学校
所在地:栃木県下都賀郡壬生町藤井1194
創立:1962年
壬生高校の所在地という前に、栃木県の壬生町の位置はどこかというと小山市と宇都宮市の中間くらいになります。(宇都宮高校の出身者が枝野幸男さん)
壬生高校は学科は普通科のみで、さらに人文コースや数理コース、情報ビジネスコースなどに分かれています。
進学先の詳細情報は不明ながら、公式サイトでは「共通テスト説明会」の開催などが告知されていました。
***
高校時代の大島優子さんは、男子バレーボール部のマネージャーになったりしていました。後述のように仕事があまりなかった中学時代の延長で、わりと時間があったようです。
しかし、オーディション等で上京するには、距離があり時間がかかって大変だった様子。
当時の大島さんの具体的な交通手段は分かりません。しかし仮に(勝手に推測すると)、東武宇都宮線の「壬生駅」から東京駅まで2024年現在、電車で移動するとしたら、2時間20分(料金は約1600円)かかります。
いずれ、多くの芸能人が堀越高校や日出高校に通う傾向の中、大島優子さんの場合、まさに地元に根ざした学校に通学していたことが分かります。
高校時代に進路を考えた時に・・
小学生の時からやっていた手話を生かし、手話通訳士(フォトブックだと社会福祉士)になろうかとも考えた。
しかし、これはマネージャーさんに反対されたそうです。
そして『秋葉原でこんなのやってるよ』と言われ、「これで最後」と思ってAKB48を受けました。
このように高校時代は、結果として劇的に飛躍する時代への転機となりました。
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大島優子さんの出身地、栃木県の壬生町(みぶまち)と出身小学校、出身中学校
ここで一旦、時系列をさかのぼります。
小学校は壬生町に転校し、中学は地元の南犬飼中学校
大島さんの出身地は、公式に栃木県の「壬生町」となっています。出生直後に神奈川に移ったとされ、小学校の終わりころに、壬生町に戻りました。神奈川のころの小学校名などは不明。
短期間とはいえ壬生町の小学校に在籍して卒業し、壬生町の中学校に進みました。
出身中学が、壬生町立南犬飼(みなみいぬかい)中学校であることは、広く知られています。
出身中学校:壬生町立南犬飼中学校
所在地:栃木県下都賀郡壬生町北小林743
斉藤和義さんも同校の卒業生でした。
壬生町の地域情報によると南犬飼中学校に進むことになる小学校は、以下の3校となります。
壬生町立壬生北小学校
壬生町立安塚小学校
壬生町立睦小学校
よってこの3校が、優子さんの出身小学校の候補と考えられます。
この中で出身小学校は「睦小学校」という説もありますが、情報ソースが確認できないため分かり次第追記させていただきます。
大島優子さんのご家庭と子役時代
大島優子さんが生まれたのは栃木の木村産婦人科とされます。
ご家族は、両親と3歳年上の兄。
父親は日本人で母親がアメリカ人と日本人のハーフの方、ということで、優子さんはクオーターとなります。
そのご両親は、神奈川から栃木の壬生町に引っ越した半年後に離婚されました。
なぜ壬生町に戻ったかというと、親族の料理店(寿司屋とも言われる)を父親が継ぐためでした。離婚の原因は、母親が戻った地元に馴染まなかったこと。
当時のことを振り返って優子さんは
「大変そうだったなママ。初めて来た場所だったし、お父さんは地元だから友達もいるけど、お母さんにはいないし」
と語っています。
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両親が不仲になったわけではないそうで、後日、優子さんは母親とも接するようになり、アドバイスももらっています。
一方でお父さんは、離婚後、毎日お弁当を作ってくれ、家事の負担を子どもに負わせないように気遣ってくれました。
ちなみに優子さんは「父親好き」を公言しています。TVやラジオでは度々父の話をしていました。父親はAKB48が大好きで、娘に内緒で公演に来たりしていたそうです。
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母親の勧めで優子さんが芸能活動を始めたのは、神奈川にいた1996年のことでした。現在は名前が「ワイケーエージェント」になった「セントラル子供劇団」に所属しました。
子役として「セントラル子供劇団」に所属していた俳優さんは多く、神木隆之介さんや、泉澤祐希さん、大橋のぞみさん、須賀健太さんなど、錚々たるメンバーがいました。同期であったかは別として。
このように、優子さんにとって神奈川時代が小学校時代となり、子役時代でもありました。
低学年の頃は様々な仕事で引っ張りだこだったが、高学年になると仕事が減少。そこで、ある傾向に気がついた。最後の2人まで絞るところまでは、オーディションでも残れる。でも最後の最後で一人を決める時に落とされてしまう。
・・・中略・・・
子役時代はセリフの少ない再現VTRなどの仕事が多く、本人は「芽が出なかったので、辞めようと思った」。そして別の仕事、ジュニアアイドルなどの活動を開始している。
(エケペディアより)
子役さんは成長につれ、一時的に仕事が減ることは一般に知られています。
しかし、このように大島優子さんにとっても小学校時代に、すでに子供心にも自分の道を模索していたことが分かります。
このあたりの逸話については2020年10月に『徹子の部屋』に出演したときにも諸々と語られました。
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(『スカーレット』の撮影時)
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中学に入ると仕事はさほど忙しくなく、部活にも入ってみたりやめたり、仲良くなった友人が不良の道に進んで自分も入りかけたけれど、自分は恵まれていると気づいて止めた・・・とのこと。
不良っぽい道に陥りかけた時に・・・
「・・それで、一番自分が不幸だと思っているのがバカらしくなった。私には友達がいっぱい居たし、お父さんのお店のお客さんも優しいし・・」と思ったそうです。
大島さんの根っこにある賢さのようなものを感じます。
やがて中3で進路を考える時期になり、お芝居の仕事がしたいけれど現状は仕事がなく、引き抜きのような話もあったけれど7歳からお世話になったマネージャーさんを信頼して、移籍などはしなかったとのこと。
そして上記のように、高校は地元の公立高校に進学することを選びました。
大島優子さんの出身大学はなし
高校時代にAKB48の追加メンバーとなった優子さんはその後、AKB48の主力メンバーとして活躍し、やがて女優としての能力も発揮するようになりました。
その経緯で、大学等には進学していません。
女性アイドルグループ『AKB48』が秋元康さんプロデュースで始まったのは2005年のこと。
追加オーディションといっても、大島さんが合格したのはまだ2006年でした。
デビュー公演のときはまだ入場者72人のうち本来の観客は7人・・というスタートながら、その後「AKBグループ」は夢のような爆発的展開を続けていきます。
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その中で大島優子さんはチームKのキャプテンを務め、「総選挙」で1位を獲得した主力メンバーでした。
(1位獲得は他に渡辺麻友さん、前田敦子さん)
濃いファンの方にとってはもっと詳細情報があると思いますが、大島優子さんは2013年の『NHK紅白歌合戦』にて卒業を発表し、2014年に卒業公演を行って、AKB48を卒業しました。
紅白では「こうして紅白歌合戦に出場させていただくのも、これが最後になりました。感謝の気持ちを込めて、歌わせていただきます。来る2014年もAKB48の応援をよろしくお願いします」と挨拶しました。
当時、メンバーには誰にも話していなかったそうです。
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その後、アイドル活動のみならず女優としての力が次々と発揮されました。
なお、優子さんに関わる多くの逸話が収録されている『大島優子1stフォトブック 優子』(リンク先はアマゾン)では、
「2万字インタビュー 大島優子は嘘をつけない
のべ10時間以上におよぶ独占インタビューで、自身の半生、そしてこれからについて語る」
と宣伝されており、2万字のインタビューがまさに多くを語っていると考えられます。
2011/6/17の発行で、アマゾンではその後も販売が続いている様子でした。
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その後も多くのドラマに出演してきました。
朝ドラの『あさが来た』と『スカーレット』にも、大河ドラマ『青天を衝け』にも出演し、『青天を衝け』では』伊藤兼子を老年までを演じきりました。
大島優子の本気を視聴者が目の当たりにしたのは、大河ドラマ青天を衝け。最終回では徹底した老けの演技とメイクで完全に80歳のお婆ちゃんを演じきった#大島優子 #青天を衝け pic.twitter.com/dFFgwfw9CF
— 有森葵 (@6vdsuuaqZqwFXRy) June 9, 2024
2019年の『スカーレット』で共演した林遣都さんと、2021年に結婚されたのは周知のとおりです。
二人は『スカーレット』でヒロイン・戸田恵梨香さんの同級生という、どこかほのぼのとした役で彩りを添え、贅沢なキャストとなりました。ちなみに大島さんと戸田恵梨香さんは、ともに1988年生まれで、実際に同学年となります。
2023年にお子さんが生まれた大島さんは、2024年には話題作『アンチヒーロー』で、後半に鍵を握った人物を演じ、『GO HOME〜警視庁身元不明人相談室』では月本真(まこと)という、味のある主演を、小芝風花さんとともに演じました。
大島優子さんが持つ包容力・優しさ・強さすべてが詰め込まれてる、「相手の痛みに寄り添い、受け止めるお芝居」がすごく大好きなんだけど、また今回も凄いものに出会ってしまった😭
優子ちゃんの”受け”のお芝居にはいつも特別な魅力を感じて惹き込まれてしまう。。#GoHome #大島優子 pic.twitter.com/EhQVDqFYnI— なみへこ (@yukonamichan) August 17, 2024
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以上、簡単ですが大島優子さんの出身校についてでした。