高校生で既に売れっ子だった岡田将生さん
岡田将生さんは中高一貫の私立高校に通っていましたが、芸能活動のためにクラーク記念国際高校に転校。しかし大学へも進学しました。
毎日のようにどこかのドラマで見かけるような俳優となった岡田将生んさんも、2020年には31歳となりました。大河ドラマにも朝ドラにも起用され、種々のドラマで種々の役をこなしている、たいへん存在感のある人物です。
芝浦工業大学高校 ⇒ クラーク記念国際高校 ⇒亜細亜大学
芝浦工業大学高校に在籍したわけですが、そこで高校時代から売れっ子だった岡田さんは、高校も転校し、後に亜細亜大学経営学科を2年の途中で中退しました。
仕事一本に絞ろうと「生涯俳優」を決心してのことでした(下記参照)。
岡田将生(おかだまさき)
生まれ:1989年8月15日
出身:東京都渋谷区
事務所:スターダストプロモーション
2006年:日本工学院専門学校のCMでデビュー
2007年:『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』
2008年:高校卒業、大学入学
2009年:日本アカデミー賞新人賞(『重力ピエロ』等)他多数受賞
2009年:年末、大学を辞める
2010年:『告白』寺田良輝役
2011年:『アントキノイノチ』永島杏平役
2012年:大河ドラマ『平清盛』で源頼朝役、『宇宙兄弟』南波日々人寺田良輝) 役
2013年:『リーガルハイ』助演優賞
2015年:『掟上今日子の備忘録』隠舘厄介役
2016年:『ゆとりですがなにか』坂間正和役、主演男優賞
2017年:『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』
2018年:『家族のはなし』主演小林拓也役
2019年:『連続テレビ小説 なつぞら』奥原咲太郎役
2020年:『タリオ 復讐代行の2人』黒岩賢介役
他、出演多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。
今日の山田さん#小さな巨人 #岡田将生 pic.twitter.com/KZAW3xRdqL
— ゆーちゃん (@___om0815) 2017年5月21日
岡田将生さんの出身高校は芝浦工業大学高校とクラーク記念国際高校
岡田将生さんは上記のように2006年にはデビューしますから当時17歳くらいの高校生。しかも次々と売れて、高校時代は芸能活動に忙しく・・という前に、芝浦工大附属は芸能活動が禁止だったそうです。
芝浦工大附属高校は、厳密には正式名称に「附属」がついたのは2017年のこと。校舎を芝浦に移転したとともに、高校も共学化したそうです。したがって、岡田さんが入学した当時の芝浦工業大学高校は、芝浦工業大学中学校と一貫(中学入学時に受験)で、校舎は板橋区坂下にあったはずです。
余談ながら千葉県の柏市に「芝浦工業大学柏中学高等学校」もあり、こちらは「しばかし」と言われています。
岡田さんは、そもそも中学時代に原宿でスカウトされていました。しかし当時はバスケットボールの部活で忙しかったそうです。当時は目立ちたくないタイプだったとインタビューで答えています。
「人前に立つのが得意ではなかったので、そういう華やかな世界は自分には無縁だと思っていました。目立ちたくないタイプだったんです」
「表現するときは見てほしいですが、プライベートでは、あまり見られたくないですね…」
「演技をしていると楽しいですね。今は充実しています」
「子供が好きで、この仕事をしていなかったら、そういう道もあったのかなとは思っています。子供は一緒にいて癒やされますし、新鮮な反応をしてくれるので、うれしいです」
そんな素朴だった少年に心境の変化が訪れたのは、高校1年生のとき。
(ZAKZAK 2013年10月25日より)
「タダでお芝居のレッスンができるのはいいなぁ」から始まったデビューでした。クラーク記念国際高校に転校して、しかし、しっかり卒業し、そのまま芸能界かと思いきや、大学にも進学しました。
クラーク記念国際高等学校については市原隼人さんも進学しています。
クラーク記念国際高等学校というと一部では「芸能人御用達」などと言われたりしますが、制度としては「広域通信制高等学校」として開校された高校です。
名前の由来はウィリアム・スミス・クラーク博士から。スキーと登山で著名な三浦雄一郎氏が校長。三浦氏が北海道在住ということもあってか、クラーク記念国際高校の本部は北海道の深川市にあります。
知名度が一気に高まったのは、2016年に高校野球で甲子園で活躍したから。
クラーク記念国際高校には、北川景子さんも進学校の大阪女学院中学校・高等学校にいましたが、芸能活動との関係で高校時代の後半に同校に転校しています。キャンパス(所在地)が各地にあるということ。
岡田さんはクラーク記念国際高校のなかの、東京キャンパス等のどこか首都圏の教室に所属していたものと思われます。
岡田将生さんの出身大学は亜細亜大学
岡田将生さんは上記のように亜細亜大学に進学しました。
大学進学の動機は、役者という職業が安定が保証されていないというような、親を心配させない親孝行的な配慮だったようす。
人気俳優の岡田さんがそう考えたというのも、好感度が高いです。
サンケイスポーツなど在京スポーツ7紙の映画記者が選ぶ「第52回ブルーリボン賞」各賞が27日、決定した。
新人賞の岡田将生(20)が衝撃的な言葉を口にした。「実は、昨年末に(都内の)大学を辞めました。この仕事1本にして頑張ろうと思って」。
昨年は「重力ピエロ」、「ホノカアボーイ」など映画が4本公開。主演ドラマもあり、大ブレークの1年で超多忙に。「勉強と仕事、どちらかを一所懸命やろう」と考え、ハタチを機に“生涯俳優”を心に決めた。(サンケイスポーツ 2010年1月28日より)
↑のようなわけで亜細亜大学は2年の中途で退学しました。
岡田将生さんは今後もどれほどの活躍が見られるか、計り知れない人物の一人でしょう。