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板尾創路さんは真実一路からの創路(いつじ)さん
板尾創路さんの学歴と出身校についてご案内します。
板尾創路(いたお いつじ)さんはお笑いタレントかつ俳優として活躍中。
大阪の富田林市出身とされますが、出身の小・中学校も情報はあるものの富田林との関連では詳細不明の部分もあります。
大阪の柏原市にある柏原高校(現在の東大阪大学柏原高校)に進学し、卒業後は進学せずにいくつかの職業を経て「NSC4期」に入学しました。
柏原高校(現・東大阪大学柏原高校) ⇒ 進学せず
NSC(吉本総合芸能学院)大阪校の第一期は1982年のことで、ダウンタウンなどが出身者でした。板尾さんたち(130R・相方はほんこんさん)はその4期ということで、吉本の中でも先輩格にあたります。
130Rは『ごっつええ感じ』などへの出演で著名になりました。
さらに2000年ころから130Rの活動というより板尾さんは個別に俳優活動が目立つようになり、ドラマや映画での出演作は膨大な数に上っています。
演じるだけでなく監督としての作品もあります。ユニークなお名前についても逸話があります(後述)。
板尾創路(いたお いつじ)
生まれ: 1963年7月18日
出身:大阪府富田林市
1970年:(推定)安立小学校入学、7歳
1976年:(推定)第三中学校入学、13歳
1979年:(推定)柏原高校入学、16歳
1982年:(推定)高校卒業、19歳
1985年:NSC第4期に入学、「ホンコン・マカオ」結成、22歳
1987年:「蔵野・板尾(後に130Rへ改名)」結成、24歳
1988年:『4時ですよーだ』出演
1989年:『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』が始まる
1991年:『ダウンタウンのごっつええ感じ』レギュラー出演、28歳
1995年:『急性吉本炎→慢性吉本炎』、32歳
1998年:一般女性と結婚、35歳
2000年:『爆走★130R』、『愛の劇場 あっとほーむ』相馬拓也
2004年:連続テレビ小説『天花』熊田弘之 、『穴 怪奇穴人間』主演
2006年:「板尾日記」(その後7まで発行)、43歳
2007年:長女誕生(翌年夭逝)、『刑事殺し』清水哲雄
2008年:『桜と印籠』主演
2009年:『空気人形』秀雄
2010年:『板尾ロマン』、『板尾創路の脱獄王』監督・脚本・主演
2012年:次女誕生
2017年:『フリンジマン〜愛人の作り方教えます』主演、54歳
2018年:『グッド・ドクター』猪口隆之介
2019年:『俺のスカート、どこ行った? 』明智純一、『監察医 朝顔』 藤堂雅史
2020年:『おちょやん』須賀廼家万太郎、57歳
2023年:『あきない世傳 金と銀』彦太夫、60歳
2024年:『街並み照らすヤツら』倉田
2025年:『明日はもっと、いい日になる』蔵田総一郎、 『恋する警護24時 season2』梶原昌司、62歳
(ここでは「130R」の活動は少々、概略のみ)
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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板尾創路さんの出身高校は柏原(かしわら)高校(現:東大阪大学柏原高等学校)
出身校は、板尾さんが在校した当時は柏原(かしわら)高校でした。
同校は創立から以下のような変遷をたどりました。
女子校 ⇒ 共学 ⇒ 男子校(1969年)⇒ 東大阪大学柏原高等学校(2006年)
名前の通り、「東大阪大学」の附属高校であり現在も男子校。
東大阪大学は名前のとおり東大阪市にあり、東大阪大学と同じキャンパスにもう一つの附属高校である東大阪大学敬愛高等学校(共学)があるという関係です。

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出身高校:東大阪大学柏原高等学校 (元の柏原高校)
所在地:大阪府柏原市本郷5丁目993
同校は柏原市の中でも、八尾市や藤井寺市との境のギリギリのところにあります。
同校の出身者にはプロ野球選手もバドミントン選手もいますが、不思議なくらいお笑い芸人さんも複数います。
間寛平さん、竹内ゆうじさん、くりおねの上田雅史さん、落語家の桂ちきんさん、タレントのはるな愛さんらーー。
【東大阪大学柏原高校の大学合格実績】は、「みんなの高校情報」から一部を抜粋すると2025年の例で以下となっていました。
東海大学 5名
大阪経済法科大学 5名
大阪産業大学 5名
大阪商業大学 5名
関西国際大学 5名
日本大学 4名
追手門学院大学 4名 など多数
***
逸話の多い板尾さんですが、高校時代はいわゆるヤンキーだった話もあります。
こちらは2023年になってのインタビュー。
中学、高校時代、僕はヤンキーでした。といっても、ファッションのヤンキーというか。僕が住んでいた地域は田んぼだらけの田舎で、ヤンキーしか「文化」がなかったんです。
アイビールックは上の世代だったし、都会で流行っていたサーファーファッションも入ってこなかった。「ヤンキー」か「普通」の2択しかなかったんです。どっちでもええけど、気づいたらヤンキーになってました。・・中略・・改造した制服を着て、バイクに乗って、喫茶店でタバコを吸って、というコースが当時のヤンキーの定番。授業をサボって、『男はつらいよ』の3本立てを観たこともありました。当時、二番館のチケットは500円だったんです。
(https://futabasha-change.com/articles/-/504 より)
そういう中でお笑いはずっと好きだったそうです。
「子どもの頃はテレビをつければ漫才の番組ばっかりやっていたんです。僕が一番好きになったのはチャンバラトリオさんでした。大人が幼稚なことをやっていることがマンガチックで面白かった。」
ちなみにこの話のなかで、自身にお姉さんがいたことも語っています。
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板尾創路さんの出身地・富田林(とんだばやし)市と出身小学校(安立小)、出身中学校(第三中)
板尾創路さんは『キネマ旬報』によりますと、生まれは富田林市とされます。
ご両親はケーキ店「パルナス」の堺市にある三国ヶ丘店に勤務という情報もあるので、子どもの頃にどこに住んでいたかーー詳しいことは分かりません。

しかし出身の小学校、中学校は「思い出こみゅ」では次の2校とされ、それぞれ卒業生の一人として名前が挙がっています。
細かいことをいうと、富田林で生まれ小学校は大阪の住之江区の小学校、中学は富田林市内というのは、ご家庭ごと引っ越しなど何らかの詳細があったかーーそこはよく分かりません。
なぜなら大阪の住之江区にある安立( あんりゅう)小学校を卒業した児童は通常は大阪市立の住之江中学校に進学するからーー。
出身小学校:大阪市立安立( あんりゅう)小学校
所在地:大阪市住之江区住之江1丁目4−29
出身中学校:富田林市立第三中学校
所在地:大阪府富田林市佐備15
同校に進むことになる小学校は、富田林市の「東条小学校」「大伴小学校」「彼方小学校」ということで、上記のように、板尾さんがどういう経過で、住吉区の小学校から富田林市の中学に進んだのかは不明。
かざあなダウンタウンで「自分が女だったらかざあなのメンバーの誰と1番付き合いたいですか?」っていう質問のときに全員に「板尾さん」って言われて照れる板尾創路かわいい〜!😍💕 pic.twitter.com/MLXFNjI0bd
— 実家住み無職 (@itaoitsujisuki) August 17, 2024
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なお、2010年の「お笑いナタリー」に【本日板尾が故郷・富田林で自転車街ブラロケ決行】という記事があります。
これは「つながりファンタジー いつも!ガリゲル」という番組のロケで、故郷の富田林を訪ねたときのもの。
本日行われたロケは、同番組の新企画「板尾サイクル」の収録。板尾が街行く人に声をかけ、その人を目的地まで自転車で送り届けるという内容だ。富田林は板尾が幼少時代に移り住み青春時代を過ごした場所。
(https://natalie.mu/owarai/news/38597)
ちなみに板尾創路(いたお いつじ)さんは本名で「いつじ」は発音しにくいためか母親は「いちろー」と呼んでいたとのこと。
板尾創路のオカンが創路より創路しててワロタ🤣 pic.twitter.com/vahSBYbtlV
— タイク・マイソン (元マチェンコ) (@tikemaison0921) October 3, 2025
(お母さん、あまりに似ておられ驚きました。)
たしかに著名人だから通常はルビがつきますが、初めてこの文字を見たら読むのが難しそうなお名前。
・・親も親戚も「いちろう」と呼んでいたので、僕は自分の名前の読み方を「いたお・いちろう」だと思っていたんです。それが小学1年生だったか、2年生だったか、おかんに「ほんまは“いつじ”と読むんや」と言われて驚きました。それまで、一度も「いつじ」と呼ばれたことがありませんでしたから。
(https://futabasha-change.com/articles/-/402 より)
なるほどです。
「父が『真実一路』という言葉が好きで、姉を『真実』と名付けて、僕の名前は『一路』にしたかったけど、ひねりたくなったのか「創路」にしたんです。」
こういう経過があったから「いちろー」と呼ばれたのは、それはそれで納得がいくのですがーー。
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ところで「名字由来net」で調べると「板尾さん」という名字はやはり珍しいようで、全国におおよそ440人とのこと。東京都、石川県、大阪府に多いそうです。
いずれ、板尾創路さんはお笑い芸人さんとして、たとえば『ごっつええ感じ』の「板尾係長シリーズ」の一言ネタコーナーが大受けしたり、とかく奇想天外な言動が逸話として多々伝わっています。
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(「不倫自慢」)
板尾創路さんの出身大学はなし、弟子入り叶わずNSCへ・・
板尾創路さんは柏原高校を卒業後、様々な仕事をしていたようで「蓬莱」に勤めたという話もあります。大学等へは進学していません。
いずれNSCに入る前に直接、島田紳助さんを訪ねて弟子入りを願い出たようです。弟子入りは叶わずNSCへ。
NSCの4期に入り最初に組んだコンビが「ホンコン・マカオ」でしたが、これは程なく解散。
このとき板尾さんの名前が「ホンコン」だったわけですが、コンビ名を後の相方の蔵野孝洋(くらの たかひろ)さんが受け継いで蔵野さんが別の芸人さんとの「ホンコン・マカオ」を組んで、これも解散。
略歴のように、板尾創路さんと蔵野孝洋さんが組んで「蔵野・板尾」を組んだのが1987年のことでした。

「蔵野・板尾」は「130R(ひゃくさんじゅうアール)」と名を変え、『ダウンタウンのごっつええ感じ』にレギュラー出演するようになると、人気芸人としてすっかり定着していきました。
ちなみに「ほんこん」さんこと蔵野孝洋さんは板尾さんと同じく1963年生まれで、大阪府立東淀(ひがしよど)工業高校を卒業しました。
「130R」はお笑いコンビとしては続いていますが、現在ではコンビではなくそれぞれの活動となっています。
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私生活では1998年に一般の方と結婚し、長女が生まれたけれど突然のことで逝去され、その後次女さんが生まれています。
板尾創路の結婚式の写真!? pic.twitter.com/MNDtjfB2oo
— 実家住み無職 (@itaoitsujisuki) November 10, 2023
お子さんのことは何度か『徹子の部屋』に出演した時に語られており、2023年の出演時には、次女さんは11歳で、かつて姉がいたことも理解しているとのこと。
そんな次女は語学留学でカナダ・バンクーバーに住んでいる。板尾自身もカナダに移り住み、日本で仕事があるときだけ帰国しているという。次女はカナダが大いに気に入り、ゆくゆくは「カナダ人になりたい」と話しているとも。
(https://www.crank-in.net/news/132045/ より )
活動の概略としては2000年ころから、板尾さんは単独での活動が多く、2020年代を振り返ると板尾創路さんが、お笑いコンビを組んで活動していたことを、知らない視聴者もいるようです。
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ところで、板尾さんの言葉に関する感性は川柳から来ているとか・・
僕の言葉に対する感性は、川柳を嗜んでいる父の影響が大きいと思います。子どもの頃、大人たちが川柳を詠んでいるところに連れて行かれて、「書いてみるか?」って言われてましたから。川柳は5・7・5という限定された文字数でどれだけ広い世界を想像させるか、という娯楽です。・・中略・・
僕は余計なものを削ぎ落としたシンプルな言葉で取る笑いが好きですが、そうですね、それも川柳からきているかもしれません。(https://futabasha-change.com/articles/-/402 より)
昨今は俳優としてももちろんベテランとなり、板尾さんのインパクトの強い演技は評価も定着しています。
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(『監察医 朝顔』にて)
個人的には2013年の『家族ゲーム』の沼田一茂役も普通の父親というより眼力が強く、印象的でした。ちょっとひと味加えたようなクセのある人物が多いようです。
一方、2019年からの『監察医 朝顔』では普通の、というか真面目に監察医。
2025年で言うと『明日はもっと、いい日になる』では、登場は1話のみなのに役柄上、少々品のない父親を上手く演じており、さすがでした。
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なんの役でも演じられるけれど、見ている者には同時に「あっ、板尾さんだ」と思わせてくれる独特の力があるようです。
60代となり出演数も多く、作品名を挙げきれないような俳優の一人となっています。
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以上、簡単ですが板尾創路さんの出身校についてでした。お読みいただきありがとうございます。