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上京後は「BINGO BONGO」でデビューし『夕陽のドラゴン』の司会に・・
ユースケ・サンタマリアさんの学歴と出身校についてご案内します。
俳優でタレントのユースケ・サンタマリアさんは元々歌手でもあります。大分市の地元の公立小・中を経て、地元の私立高校、大分東明高等学校に進学しました。
大分東明高等学校 ⇒ 進学せず
高校時代からバンドを組み、地元で活躍していたユースケ・サンタマリアさんは大学等へは進学していません。
高校卒業後にもすぐバンドを組み、地元大分で活躍しました。
その後、まもなく上京し「BINGO BONGO」のボーカル&MCとして活動し、生放送番組『夕陽のドラゴン』司会などを務める一方で、俳優としての素質にも着目され、『踊る大捜査線』などで活躍するようになりました。
その後も、MCでも役者としても幅広い実力を発揮しています。
ユースケ・サンタマリア(本名・中山 裕介 なかやま ゆうすけ)
生まれ: 1971年3月12日
出身:大分市
1977年:(推定)中島小学校入学、6歳
1983年:(推定)王子中学校入学、12歳
1986年:(推定)東明高校入学、15歳
1989年:(推定)東明高校卒業、18歳
1994年:「BINGO BONGO」でデビュー、『アジアNビート』、23歳
1995年:『夕陽のドラゴン』司会(トータス松本さんと)、24歳
1997年:『踊る大捜査線』 真下正義
2000年:『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER』、『お見合い結婚』主演、『花村大介』主演、29歳
2002年:『ウエディングプランナー SWEETデリバリー』主演、『アルジャーノンに花束を』主演、31歳
2003年:『あなたの隣に誰かいる』夏川結衣さんとW主演
2004年:一般女性と結婚、33歳
2005年:『交渉人 真下正義』主演、『平成教育予備校』MC
2006年:『UDON』主演
2007年:『今週、妻が浮気します』主演、36歳
2010年:『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』真下正義
2012年:『モンティ・パイソンのスパマロット』主演、『世界ナゼそこに?日本人 〜知られざる波瀾万丈伝〜 → ナゼそこ?』MC、41歳
2016年:『火の粉』主演
2018年:『ラストアイドル』MC、『生田家の朝』尾野真千子さんと主演、47歳
2020年:大河ドラマ『麒麟がくる』朝倉義景、49歳
2023年:『THE MYSTERY DAY〜有名人連続失踪事件の謎を追え』主演、52歳
2024年:大河ドラマ『光る君へ』安倍晴明
2025年:『スキャンダルイブ』橋本正剛 、54歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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ユースケ・サンタマリアさんの出身高校は大分東明(とうめい)高等学校
進学した「大分東明高等学校・向陽中学校」は中高一貫の私立校で、ユースケさんは高校から入りました。
大分東明高等学校は大分県で一番のマンモス校とのこと。2025年の時点で生徒数は1800人近くありました。
戦後からの歴史を持ち、過去の名称は「大分平松高等学校」、その前は「平松商業高等学校」だった時代もあります。
大分東明高等学校の学科は以下となります。
普通科
商業科
看護科
看護教養科
出身高校:大分東明高等学校
所在地:大分市千代町3丁目3−8
創立:1952年
同校からこれまで多くのサッカー選手を輩出してきました。「Jリーグ・大分トリニータU-18」の選手を積極的に受け入れてきたことも関係していることでしょう。
【大分東明高校の大学合格実績】は「みんなの高校情報」から一部を抜粋すると2025年の例で以下となります。生徒数が多いことも影響していると考えられますが、いずれ各方面に多くの合格者を出しています。
国公立大学
大分大学 45名
九州大学 6名
北九州市立大学 6名
大分県立看護科学大学 6名
宮崎大学 6名 など多数
私立大学
福岡大学 40名
近畿大学 33名
西南学院大学 20名
久留米大学 12名
明治大学 10名
早稲田大学 8名 など多数
最も多い合格者が地元の大分大学というのも、中学から一貫の「特別進学コース」などを設けている反映かもしれません。
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高校時代のユースケ・サンタマリアさんは、『Switch Publishing』の取材によると、最初はフェンシング部に入ったそうです。しかし、部活の決まり事が・・
「一年坊主、二年角刈り、三年自由。だからサーベル持つ前に辞めました。」
ということで、下記の中学のテニス部での経緯とも似ているようです。

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部活を辞めてバンドを始めると、髪型も自由だしユースケ・サンタマリアさんは音楽スタジオに入り浸ることになりました。
みんなが授業しているところを、眠そうな俺が髪の毛逆立てて廊下を歩いてたり。別に悪ぶってるわけではなくて、ただ眠かっただけなんだけど。
あとは授業中、先生にあてられて、ぼそっと面白いこと言ったら、みんながザワザワしたり。
(https://www.switch-pub.co.jp/switch-interview-38-yusuke-santamaria-2/ より)
そのバンド「XYZマーダーズ」は当時、大分の大会で優勝などしていたそうです。
ユースケさんの高校時代は1986年からですが、世の中はバンドブームに向かっていた時期。
「その後、バンドブームになって、『イカ天』とかで下手でもデビューできるんじゃないかって時代になり、三年くらいアマチュア活動してました。
それで大分のライブハウスから、博多のライブハウスとパイプができて、博多でライブをやるようになります」
(同上)
この『イカ天』とは何か知らなかったので確認すると、『三宅裕司のいかすバンド天国』の通称だそう。
ユースケさんたちは『イカ天』に出演したわけではありません。しかしバンドが「デビューできるんじゃないか」という機運のあふれる時代でした。
高校を卒業後のことになりますが、東京で初めてライブしたときは、その時の「対バン」がミスター・チルドレンだったとかーー。
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(2003年の『あなたの隣に誰かいる』 にて 夏川結衣さんと)
ユースケ・サンタマリアさんの出身地・大分市と出身小学校(中島小)、出身中学校(王子中と碩田中)
出身地は大分県の大分市でした。
芸歴も長いユースケ・サンタマリアさんの出身校は、小学校も中学校(3年で転校)も周囲に知られています。
小学校は「mixiの中島小学校コミュのユースケ・サンタマリア」にて千代大海さんの話題とともに諸々語られました。
今、お母さんがお店なさっているのが都町ってだけで、ユースケの実家は浜町(芦崎)だったと思います。
ユースケさん本人は知らなかったんですけど、弟さんとは同級生でした。私が2年生の終わりに新町?に引っ越して、王子中地域に行った覚えがあります♪
その中島小学校は、児童数が減って2016年に閉校して新たな「義務教育学校」に統合。
かつて元内閣総理大臣の村山富市さんも在校していました。
出身小学校:大分市立中島小学校
所在地:大分市中島西2丁目1
旧中島小学校は校庭も校舎もまだきれいで、しかし今後の用途はまだ決まっていないようです。
出身中学校:大分市立王子中学校
所在地:大分市南春日町6番1号
創立:1947年
同校の卒業生として指原莉乃さんとユースケ・サンタマリアさんが有名。
二人は、2014年の映画「薔薇色のブー子」の完成試写会にて同席し、同じ中学の出身ということが話題となりました。
しかしユースケさんは中学3年でこちらから碩田(せきでん)中学校に転校しました。
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碩田中学校はその後2017年に閉校となり、現在は大分県初の義務教育学校となった「大分市立碩田学園(せきでんがくえん)」となっています。
「大分市立碩田学園」には上記の中島小学校も含まれています。
また現在の碩田学園は、旧碩田中学校などの校地を利用しており、ざっくりいうと碩田中学校だった場所等に碩田学園ができたとも言えます。
出身中学校:大分市立碩田(せきでん)中学校
所在地: 大分県大分市碩田町2丁目5−56
ちなみに「碩田」とは、「大分」の古名だそうです。
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なぜユースケさんが中3で転校したかというと、2017年の『Switch Publishing』による取材記事で詳しいことが語られました。
簡単にいうと、王子中学校時代に、
「その中学では、凄い悪い奴と一緒にいた時期があったために、中三で前の学区の中学に強制的に転校させられた」
とのこと。
「前の学区」というのは、小学校の終わり近くに家は転居したけれど小学校はそのまま中島小学校を卒業し、「新しい学区」の中学というのが最初の王子中学校。
そして元の学区の中学が碩田中学校ということになります。
「でね、僕は、その中学では、凄い悪い奴と一緒にいた時期があったんです。そいつの兄貴は、ちょっとカタギではない感じだったんですけど。さらにそいつは、学校の一大勢力の不良と仲悪くて、いつも喧嘩してたんです」
(https://www.switch-pub.co.jp/switch-interview-38-yusuke-santamaria-2/ より)
また中学時代を同記事の作家・戌井昭人(いぬい あきと)さんとの対談で以下のようにも語りました。
「そうです。その学校は不良校で『スクール・ウォーズ』みたいだったんです」
「くわえ煙草で将棋指してたり」
「時代性もあって、不良が流行ってた。」・・後略・・
(同上)
*なおこの記事で往年の学校生活を具体的に語っていますが、記事では学校名を挙げてはいません。他のデータとの照合で上記の学校時代と判明したということーー。
中学時代は一時は軟式テニス部だったそうです。
そのテニス部が・・
「一年坊主、二年坊主、三年自由。仕方ないから坊主にしたけど、我ながら坊主が似合ってなくて、当時は、吉川晃司さん、デュラン・デュラン、チェッカーズが全盛、それで髪の毛を伸ばしたくて辞めました。」
ーーというのもやはり、芸能生活に向かうユースケ・サンタマリアさんらしいと言えそうです。
こういう経緯で上記の高校生活に続きます。
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(2022年 『アキラとあきら』にて 児嶋一哉さんと)
ユースケ・サンタマリアさんの出身大学はなし、高卒後に上京
このように高校時代にバンドを組んで活動してきたユースケ・サンタマリアさんは大学等へは進学していません。
高校時代の「XYZマーダーズ」は解散し、次に「NUTTIES」を結成しCDやアルバムを発表しました。
やがて上京して1994年にはロックバンド『ビンゴボンゴ(BINGO BONGO)』を結成し、このバンドは1997年まで続きました。
ユースケ•サンタマリアがボーカルを務めていたビンゴボンゴ (BINGO BONGO)を知らない。 pic.twitter.com/I7KG0kf7xQ
— はるっさん☆ (@harussan) October 22, 2024
その1994年には『アジアNビート』にも出演し、仕切りの上手さも評価されていました。
1995年には生放送の『夕陽のドラゴン』司会をトータス松本さんと務め、当初は二人とも無名だったけれどトータス松本さんの所属するウルフルズがブレイクし、一時はウルフルズのライヴツアーに同行したこともあります。

そんななか、『VIDEO JAM』でコントをやっていたユースケさんの姿がフジテレビ亀山千広さんの目に止まり、『踊る大捜査線』に出演するようになりました。
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(1998年『眠れる森』にて 木村拓哉さんと)
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あらためて略歴を振り返ると、『踊る大捜査線』への出演以来、たくさんの作品で主演してきました。
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(2005年『交渉人 真下正義』)
さらに、生来の器用さというか臨機応変能力が活かされ、『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』や『熱血!平成教育学院』などのMCとしても活躍。
私生活では2004年に遠距離恋愛の末に一般女性と結婚しましたが、2018年に離婚。
ユースケは離婚時期を「去年の6月です」と明かし、公表しなかった理由を「言わなかっただけなんです。聞かれなきゃ言わないし、だって一般の人だから、自分で発表するのもなんだしさあ。
(https://www.daily.co.jp/gossip/2019/04/27/0012280677.shtml より)
この記事は2019年のもので、その後2022年に年下の一般女性と再婚し、2025年には第一子が誕生しました。

あるときは母親への親孝行も話題にーー。
ユースケの母親は息子の再婚を知人に目を細めて報告している。・・中略・・しかし、ユースケは忙しさに追われるあまり、母親に八つ当たりしたこともあったという。・・中略・・そうした後悔もあってか、ユースケの親孝行ぶりは周囲も認めるほど。
「古い集合住宅暮らしだったお母さんのために、大分市内に新築の一戸建てをプレゼントしています。愛犬家のお母さんが散歩しやすいようにと、大きな公園の近くを選んだようです」
(https://www.news-postseven.com/archives/20220914_1793209.html より)
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近年の出演作では、2024年の大河ドラマ『光る君へ』の安倍晴明役は、たいへんインパクトがありました。
陰陽師・安倍晴明については、言い方が難しいのですがともかく安直に演じると薄っぺらくなってしまう難しい人物でしょう。
登場しただけで只者ならぬ、怪しい気配さえ漂わせたのは、さすがユースケ・サンタマリアさんだと感じました。
令和6年(2024年)放送の大河ドラマ『光る君へ』でユースケ・サンタマリアさん(当時52歳)が演じたのは「安倍晴明」#大河ドラマ #光る君へ #ユースケ・サンタマリア pic.twitter.com/53ChFoN6Z8
— 歴史キング (@rekishi_king) April 16, 2025
このとき、一条天皇を演じたのは塩野瑛久さん。
ベテランの域に入っていると思われますが、まだまだ50代ですから多様な演技を見せてくれそうです。
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以上、簡単ですがユースケ・サンタマリアさんの出身校についてでした。