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池田鉄洋さんは俳優で演出家、脚本家
池田鉄洋(いけだ てつひろ)さんの学歴と出身校についてご案内します。
池田鉄洋さんは、ドラマ等で度々お見かけする俳優さん。
しかし、脚本家でも演出家でもあります。
東京の板橋区で生まれ、横浜に移ってから公立の小・中学校を卒業し、地元の公立校、元石川高等学校に進学しました。
神奈川県立元石川高等学校 ⇒ 國學院大学
さらに國學院大学で学び、学生時代に学内の劇団「猫ホテル」から演劇活動が始まっています。
本来は映画監督を目指して映画研究会に入りたかったけれど、演劇研究会に入り、まずは演じるうちに次第に役者となっていきました。
大学を卒業して10年くらいのうちに劇団内のユニット「表現・さわやか」を立ち上げ、劇作家や演出家としても活動してきました。
『トリック』などへの出演で知名度も次第に高まり、「表現・さわやか」以外でも演出や脚本を担当するようになっています。
デビュー当時は下積み生活でしたが、40代で結婚し現在はお子さんを二人育てる父でもあります。
池田鉄洋(いけだ てつひろ)
生まれ:1970年10月31日
出身:練馬区
1977年:(推定)小学校入学、7歳
1983年:(推定)中学校入学、13歳
1986年:(推定)元石川高校入学、16歳
1989年:(推定)國學院大學入学、19歳
1993年:「劇団猫ホテル」入団、大学卒業、23歳
1998年:『毒婦マチルダ』北朝鮮スパイ、28歳
1999年:『元禄繚乱 』潮田又之丞
2004年:「表現・さわやか」立ち上げ、34歳
2005年:『トリック新作スペシャル』秋葉原人
2006年:『純情きらり』河原亮一、『医龍-Team Medical Dragon』木原毅彦、36歳
2008年:『太陽と海の教室』赤木保則、38歳
2009年:『子育てプレイ』演出
2010年:『警部補 矢部謙三』秋葉原人
2011年:『行け!男子高校演劇部』脚本
2013年:『謝罪の王様』みせなが
2014年:『トリック 新作スペシャル3』秋葉原人、一般女性と結婚、44歳
2015年:『ドラえもん、母になる〜大山のぶ代物語』 プロデューサー、45歳
2016年:『99.9-刑事専門弁護士』大島道昭 、舞台『パタリロ!』脚本
2019年:『映画 おしりたんてい カレーなる じけん』パーマネント 、49歳
2021年:『二月の勝者-絶対合格の教室』橘勇作
2022年:『木村多江の、いまさらですが…』 アートディレクター、『恋は50を過ぎてから』脚本、52歳
2023年:『らんまん』及川福治 、『プレバト‼』消しゴムハンコ査定1位
2024年:『不適切にもほどがある! 』関根、『もしも徳川家康が総理大臣になったら』徳川綱吉
2025年:『Qさま!!』初登場初優勝達成、『相続探偵』一条寺与平、55歳
2026年:『豊臣兄弟!』丹羽長秀、56歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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池田鉄洋さんの出身高校は神奈川県立元石川(もといしかわ)高等学校
池田鉄洋さんの卒業した神奈川県立元石川高校は、名前の通り元石川町にある公立高校で、比較的新しく設立されました。
以前は同校のマラソン大会が「こどもの国」で行われていたということで、下記のように池田さんが育った地域に近いようす。
出身高校:神奈川県立元石川(もといしかわ)高等学校
所在地:神奈川県横浜市青葉区元石川町4116
創立:1984年
最寄り駅と言えば「あざみ野」になり、あざみ野駅の近くに、池田さんには関連しないのですが國學院大学のたまプラザキャンパスが近年、作られています。
旧学区時代に同校は「横浜北部学区」だったとのこと。
同校の卒業生として、池田鉄洋さんや女子サッカーの清水梨紗さん、声優の津久井彩文さんらが知られています。
***
池田さんが同校の卒業生という情報ソースは見つかりませんが、すでに卒業生の一人とされています。
【神奈川県立元石川高校の大学合格実績】は、「みんなの高校情報」から一部を抜粋すると、2024年の例で以下のとおりです。
神奈川大学 81名
東海大学 60名
専修大学 50名
桜美林大学 37名
日本大学 27名
関東学院大学 27名
東京都市大学 27名
國學院大學 17名 など多数
地域がら、神奈川や町田方面の大学に進学する生徒が多いように見えます。國學院大学もこの年にも多数進学しており、池田さんがおそらく同校においてふつうとみられる進学をした様子ーー。

***
高校時代の池田さんは、映画監督になりたいと思っていたそうです。部活は剣道部。
高校時代は剣道部で、運動会の応援団長もやらされたんです。そこで、人を笑わせる快感に目覚めた。そのころから『裸の銃を持つ男』などのおバカなコメディ映画にハマり、映画監督になりたいと思っていました。
(『SmartFLASH』2020年 池田鉄洋、25年愛する煮込み定食が支えた「長き下積み時代」 より)
さらに大学時代に映画研究会に入る話につながります。
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(2025年)
池田鉄洋さんの出身地・板橋区と横浜(出身小学校、出身中学校は詳細不明)、ご両親、特に母親のこと
青葉区で育ったが小・中の学校名は不明
池田鉄洋さんは生まれたときは東京都練馬区だったとされます。
池田さんはご両親のこと、特に母親のことなどを自身の「NOTE」で回想されており、ご家族の様子はそれなりに分かります。ただし具体的に卒業した学校名などは不明。
諸々の話題から想定すると、子どものころに練馬から横浜の青葉区に移ったようです。

「こどもの国」で母親と過ごしたこともある様子。
出身小学校:不明
出身中学校:不明
こどもの国は、元石川高校とも2〜3キロの距離。
こどもの国
所在地:横浜市青葉区奈良町700
こどもの国は近隣の学校から遠足、マラソン大会、デイキャンプなどの学校行事でも活用されるそうです。
近隣に日本大育大学や横浜美術大学があります。
小学校としては、いずれも横浜市立の・・
鴨志田第一小学校
鴨志田緑小学校
榎が丘小学校
などがありますが、池田さんとの直接的な関わりは今のところ不明です。しかし候補にはなるでしょう。
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(七五三にて )
スタイリストだった母、苦労した母
ご両親のことは、『日本経済新聞』2019年2月の【俳優・池田鉄洋さん 「遊びすぎてごめん」と言った母】からまとめると以下となります。
父:いわゆる昭和の男。広告マン。
母:愛媛から上京、スタイリスト。「開けっ広げな性格で飲み歩くのが大好き。さみしがりやで聞き上手で恋多き女性」
母がもともと父との結婚に乗り気でなかったようで私が小学6年生の時に離婚するんですが、両親の話し合いには一部始終立ち会いました。当時の父は私にとって母が我慢している相手でしかなく、母を守らねばと心に決めていましたね。
池田さんが俳優になったときに、母親はもともと役者さんとの付き合いもあり、たいへん喜んでくれたそうです。
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母親が逝去された時、池田鉄洋さんは「演出」の仕事で多忙で、その日妹さんからの多数の着信が残っていたとのこと。
確かに苦労はさせられました。母は男を見る目がないというか……。受け身で依存心が強く、父と別れて再婚した2人目のおやじも大変な人でしたし。母本人は『遊びすぎて』なんて言いましたが、今思えば、我慢してきた面があったんじゃないかと。
お母さんが美しくてステキな方ですが、子どもの頃から状況を把握して支えてきた池田さんも凄いです。
このように小6のときにご両親が離婚され、後に再婚してからも母は相手の男性に苦労したということ。
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また、池田さんの「NOTE」では2021年の1月に【母の十三回忌延期に伴い、彼女のことを想い出し、書いてみることにした。】という記事があります。
お母さんはかなりモテたようです。
・・自分だけが言っている系の武勇伝ではなく、たまに母の実家(今は叔父の家と彼が営む料理屋がある)に遊びに行くと、町を歩く人から「おう、あんたヨーコさんの息子さんか! わしゃあんたのお母さんが好きだったんヨオ!」と声をかけられたりするので、まあ、本当だったんだろう。
(https://note.com/tetsuhiroikeda/n/nbedf51359e4c より)
顔は実際、鉄洋さんと似ていて・・
「私がコントで女装をすると、ほぼほぼ母になる。」
ということ。なお池田さん自身が結婚されたのはその後でした。
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(なんてトンがった服を着せるんだ、母よ! とのコメント付き)
池田さんのNOTE(https://note.com/tetsuhiroikeda)は2025年11月現在で2022年2月の【戯曲『枯山水』】の記事が最新のようです。
しかし脚本家さんの書いた文章であり、たいへん興味深いテキストが並んでいました。
また、小さい頃の池田さんは各種のエピソードからすると人見知り、人前で何かをするが大の苦手だったと伝わっています。
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(古いパスポート から だそうです)
池田鉄洋さんの出身大学は國學院大學、学内劇団『猫のホテル』からコントユニット『表現・さわやか』結成へ
池田さんは國學院大學に進んだことが分かっています。
「僕は、もうじき50歳になるんですけど、國學院大學に入り、学内で結成された劇団『猫のホテル』に参加したのが1993年。『TRICK』への出演が2005年なので、それまで舞台中心の生活でした。
(『SmartFLASH』2020年 池田鉄洋、25年愛する煮込み定食が支えた「長き下積み時代」 より)
この記事タイトルのように、学生時代とその後しばらくは苦労した時期でした。
「大学も夜間コースに通い、風呂なし共同トイレの家賃2万5000円のアパートに住んでいた。銭湯が終わる時間も計算に入れねばならない。だから、いつも貧乏暇なし。」
夜間コースという以上のことは不明で池田さんの学部等は分かりません。
しかし池田さんが大学に入ったのは1989年。
国学院大学(國學院大学)では、昭和のはじめ頃から一部・二部(夜間コース)という構成を置いていました。
各学部の二部の開設や廃止は諸々の経緯がありましたが、池田さんの入学当時に二部があったことは確かーー。
その後、國學院大学は2001年に「昼夜開講制」という独自の制度を設け、しかし2010年代には昼夜開講制の募集停止になった学部学科も多いようです。
話が逸れましたが、池田さんはやがて大学で映画研究会には違和感を覚え、演劇研究会に入りました。
当時は、北野武や小田和正などのタレントや歌手が続々と映画監督業に乗り出し、従来の助監督から上り詰める道は、閉ざされたようにも見えた。そこで、「先に役者として名前と顔を売るのもあり」だと考えた池田は、着々と演出や脚本で立ち回る機会を求め、そして与えられてもきた。
(同上)
「稽古場で必死になって爪痕を残し、役を取らなきゃならない仕事。」
ということで、厳しい世界を垣間見るようです。
また演劇について次のようにも語っており、YouTuberと似てるという表現に納得がいく気がしました。
僕が育ったタブーのない小劇場演劇の世界は、おとなしかったら評価されないので、みんなメチャクチャでした。そこは一部のYouTuberと似てるのかな。
ともかく目立てば勝ちみたいな風潮が当時はあって、同じ劇団の仲間ですら、同志というよりライバル的な感覚がありました。
(同上)
出身大学:國學院大學(国学院大学)
所在地:東京都渋谷区東四丁目10-2
國學院大学(国学院大学)の学部構成は2025年現在以下となっています。
文学部
神道文化学部
法学部
経済学部
人間開発学部
観光まちづくり学部
このうち「人間開発学部」は2009年に、「観光まちづくり学部」は2022年にたまプラーザキャンパスに作られました。いずれも近年の動きとなります。
***
池田さんは学内の劇団『猫のホテル』に入ったのが1993年と語っています。
これは4年で卒業したとしたら卒業した年。
また、自身の言葉にあるように当初はずっと舞台中心の生活でした。
さらに「苦笑系コントユニット」と銘打った『表現・さわやか』を2004年に立ち上げ。
特にストーリーがあるわけでなく、脚本を逸脱した面白さを確実に生かしていこうと思っておりますので、ストーリーよりも役者の面白さが感じられるコントにしています。
(『ぴあ関西版』 2011年 インタビュー&レポート より)
『表現・さわやか』は2010年に「猫のホテル」から独立し、2015年の番外公演後に休止状態となり2019年に正式に解散しました。
メンバーは池田さんの他に、佐藤真弓さんやいけだしんさんなど。
駅前劇場にて、表現・さわやかさんを観劇。10周年アニバーサリーということで、歴代の様々な愛すべきキャラクターが次から次へと登場されてもりだくさん。あっという間の二時間でした☆
あやちゃん&石毛セブンさん。
池田鉄洋さん&原史奈さんと。 pic.twitter.com/4TCdVZ3lXt— 及川 奈央 (@nao_0421) September 25, 2014
2004年の立ち上げから2015年くらいまでを見ると、池田さんは『表現・さわやか』だけでなくドラマ『トリック』や『医龍』で活躍し、さらに演出や脚本を手掛けるという、まさに活動の幅が広がり大きくなっていった時期と見られます。
また2014年に一般女性の方と結婚しました。
1年間の交際を経て、3月9日に婚姻届を提出した。新妻は人気キャラクター、ガチャピン似のかわいらしい女性という。・・中略・・普段は照れ屋というが、親しい人には「すごく尊敬していて、僕を支えてくれる女性」と新妻について話しているという。
(『サンスポ』 2014年 池田鉄洋、「3月9日」結婚していた!お相手は30代一般女性 より )

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3月9日というのはレミオロメンの名曲「3月9日」ちなんだそうです。
出演者が客席にも座っていて、そこから立ち上がって芝居をするというちょっと変わった演出でした。・・中略・・・(客席に)きれいな女性の姿が見えたんです。内心、芝居どころじゃなくソワソワしてしまって……。まさにひと目惚れでした。
(2024年 https://news.livedoor.com/article/detail/25731367/ より)
その一目惚れの女性とつき合いたい!と思って野間口徹さんの知り合いだと分かって後日、紹介してもらったとのこと。
しかし結婚の時点で一般の人と発表されましたが、野間口さんの知り合いで奥さんも野間口さんと共演等はあったようです。
ネットでは「池田鉄洋 奥さん 画像」を探す人もいるようですが、いずれ現在は一般の方ということ。
お子さんは2015年と2017年に誕生し、二人の娘さんがいます。
『プレバト!!』で僕が特待生になると、娘たちが喜んでくれるんですよ。8歳と6歳の娘たちにとっては、僕は俳優というよりも『絵がうまい人』だと思っているようです。・・中略・・
手を伸ばせば握り返してくれる家族がいることに心からありがたいなと思いますが、守るべきものができたことで、人生の難易度は上がりました。・・後略
(同上)

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長女さんの誕生はたいへん難産でした。次女さんのときも、陣痛促進剤を使用しても進まずまた難産・・
しかし無事生まれて、4人家族で賑やかになったころコロナ禍で自宅で過ごす時間が多くなり、かつ演出や脚本の仕事が増えていきます。
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(2015年)
池田さんは2025年現在で大河ドラマに3回、連続テレビ小説にも3回出演してきました。
視聴者からすると、所々でお見かけしてきた俳優さんという印象かもしれません。
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(2024年)
しかし、もともと映画監督になりたくてまずは演技に進み、現在は総合的に仕事を果たしている中堅からベテランになりつつある俳優兼脚本家、演出家さんということでしょう。
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以上、簡単ですが池田鉄洋さんの出身校についてでした。