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漫画家西原理恵子さんは高知出身、たくましい劇的な人生
西原理恵子さんは『毎日かあさん』などで知られる漫画家。近頃は事実婚状態の高須克弥氏のツイート写真などでも多数、お見かけします。
高知県の出身で、地元の私立の土佐女子高等学校を中退し、大検と予備校を経て武蔵野美術大学に入学しました。
私立の高校に行ったのは母親が再婚した相手である義理の父の見栄だったと著書の中で述べていました。
土佐女子高等学校 ⇒ 武蔵野美術大学
武蔵野美術大学(ムサビ)では、視覚伝達デザイン学科を卒業しました。
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土佐女子高等学校に在学中に飲酒によって退学処分を受け、学校側の言い分が一方的だとして学校側を訴え、当時ライターだった保坂展人氏と知り合うことになりました。
いずれ、高校を中退し、大検で大学受験の資格をとり、武蔵野美術大学に入学します。義理の父親がなくなった直後に、母親がお金をかき集めて西原さんを東京に送り出してくれたそうです。
何とも劇的な道を自ら開いてきた方だと、自著を読んで思いました。(上記の生い立ち表現はご本人のエッセイなどによります)
西原理恵子(さいばらりえこ)
生まれ:1964年11月1日
出身:高知市
1971年:(推定)小学校入学、7歳
1977年:(推定)中学校入学、13歳
1980年:(推定)土佐女子高校入学、16歳
1982年:(推定)高校退学、18歳
1884年:武蔵野美術大学入学、20歳
1988年:『ちくろ幼稚園』でデビュー、24歳
1989年:大学卒業、25歳
1992年:グルメレポ漫画『恨ミシュラン』
1996年:『鳥頭紀行』の取材旅行で鴨志田穣氏と出会い結婚する、32歳
2005年:『毎日かあさん(カニ母編)』で文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞
2006年:事実婚の形で同居を再開、鴨志田氏は末期腎癌だった
2007年:鴨志田氏死去
2009年〜高須克弥の高須クリニックのCMに出演、45歳
2010年:『パーマネント野ばら』が映画化される
2016年:『ダーリンは70歳 高須帝国の逆襲』高須克弥氏と共著に「編集上の不備」があり回収された。
2019年:「西原理恵子展 人生はおきゃく」開催(香美市立美術館)
2025年:61歳
その他発表作品多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
なんとしても娘を東京に行かせるために、お母さんは家中のお金をかき集めた。
お父さんが死んで、自分だってこの先どうやって生きていくのかわからないときだったのに、そうやってかき集めた全財産百四十万のうち、百万円を私に手渡してくれた。
「これで東京に行きなさい」
私が上京したのは家族が本当につらい、どん底のときだった。
(「この世でいちばん大事なカネの話」61Pより)
上記の本には、東京に行った経緯が詳しく書かれていました。
いずれにしても生活力、というか生きる力の溢れている頼もしい方だと思います。『毎日かあさん』の映画版で西原さんを演じた小泉今日子さんもステキでした。
名古屋に帰る。
お見送り🐻なう。 pic.twitter.com/sCu6XPBC1C— 高須克弥 (@katsuyatakasu) May 1, 2021
西原理恵子さんの出身高校は土佐女子高等学校(退学)
西原理恵子さんが入学したのは土佐女子高校であることが知られています。
高知市にある私立の土佐女子高校で、「土佐女子中学校・高等学校」であり、西原さんは中学からこちらに所属しました。
ここでは略しますが、複数の書籍にそこを退学になった経緯が書かれています。
出身者では圧倒的に西原理恵子さんが著名人でしょうか。宝塚歌劇団に進んだ紫月音寧 さんらがいます。
出身高校:土佐女子高校
所在地:高知県高知市追手筋2丁目3−1
土佐女子高校は高知城にも近い、高知市の中心部にあります。
城下町らしく、県庁をはじめの住所が「丸の内」となる高知市。
唄で有名な「はりまや橋」は観光に行かれた方には言うまでもないのですが、本当に数メートルの、しかし可愛らしい橋です。
西原さんは上記のように、ちょっとした事件の末に退学しました。
これは良い悪いの話である前に、対応を巡って一人の高校生が学校と渡り合った姿を想像すると、やはり人並み外れたパワーを感じます。
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(2023年)
西原さんの出身地・高知の浦戸と出身小学校、ムチャも最後は笑いに・・
西原理恵子さんは、複数のテキストから高知の浦戸町という漁師町の出身であることが分かっています。
多数の書籍から多数のテキストがあるのですが・・、浦戸で育ったころを『この世でいちばん大事な「カネ」の話』から一部引用するとこんな様子でした。
お金がなくてののしりあう両親。借金のために死んでしまった父親。
学校をやめさせられて何もかもなくして、いられなくなった田舎。
・・・
わたしの生い立ちは、わたしに、けっして振り返らない力をくれたと思う。
今、いる場所が気にいらなくたって、つらい思いをしている子だって、
その「嫌だ」って気持ちが、いつか必ず、きっと、自分の力になる。
マイナスを味方につけなさい。
また、小学校は地元の諸々の声からも浦戸小学校だったことが分かっています。
出身小学校:高知市立浦戸小学校
所在地:高知市浦戸410−1
デスポカ@tea_cow_corn
浦戸小学校区の過疎化という周知の事実に加えて・・中略・・さらに追い打ちをかけて西原理恵子の母校でもあるので、廃校なのに通学だと…?という、誤った情報による・・ 2023年12月8日
お子さんの頃の西原さんは、上記引用の「マイナスを味方につけなさい」からも想像されるように、過酷なまでにたくましい姿が感じられます。
「野良ペン」がいました。野良のペンギンです。南極海に行った漁師さんがお土産にって、ペンギンを連れて帰ってくるの。ムチャですね。本州(東京)に来て私、おののきましたから。みんな離婚しないし、ちゃんと職に就くし、貯金もするし。日本人はこんなにモラルのある人種なのか! と。
浦戸の黒潮文化は好戦的ではなくて友好的なんです。沖縄と一緒でね、ムチャも最後は笑いに持っていきますから。
(『スポーツ報知』2009年 漫画家・西原理恵子さん、過酷な現実「笑いで落とす」…高知市浦戸出身 より)
これらは令和の空気感からすると諸々隔世の感があるのですが、その時代とその風土に育った原体験が感じられます。
この頃、色々あったけれど理恵子さんを励ましてくれた義父は、特別な存在でもありました。
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(2021年)
西原理恵子さんの出身大学は武蔵野美術大学(絵でバイトしながら予備校へ)
上の項目のように、西原さんは、自家から100万円を都合つけてもらって上京。美大受験のために予備校にも通い、大検もしっかりパスしました。
そこには義父の縊死という辛い出来事がありましたが、基本的に「自分で稼ごう」という意識の強い西原さんは、予備校通いとアダルトカット描きのバイトを両立させていきます。
予備校の立川美術学院(たちび)を経て、合格には本人も驚いたという武蔵野美術大学に入った西原さんは、多種のアルバイトをこなし、さらに成人雑誌のカットを描くようになり、認められるようになります。
在学中だった1988年にすでにデビューしました。
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武蔵野美術大学は言うまでもなく、多摩美術大学と並んで私立の美術大学の代表的存在。教授陣も、学科の内容の幅広さも、卒業生の活躍具合も群を抜いています。
リリー・フランキーさんやみうらじゅんさんなど、芸能分野でも著名な方々を多数輩出しています。
出身大学:武蔵野美術大学
所在地:東京都小平市小川町1丁目736
武蔵野という名前が示すように、まさに武蔵野地域です。
朝鮮大学、創価高校などが近く、さらに少し離れると津田塾大学も一橋大学もある一帯。
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武蔵美在学中、及び卒業後の西原理恵子さんについてはエピソードが多様で、挙げきれませんが・・
鴨志田穣さんと出会い、お子さんが二人います。西原夫婦とお子さん二人の日々をエッセイ風に描写した『毎日かあさん』は有名。
『毎日かあさん』の「ぴよ美」のモデルとされる女優の鴨志田ひよさんについては、2023年7月に自身のXにてアパートから飛び降りて骨盤を骨折・・云々の報道が流れたこともありました(https://www.oricon.co.jp/news/2289633/full/ より)。
いずれ真相は当事者にしか分からないことではあります。
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鴨志田さんが病魔に侵されていたころ、同居を説得したのが高須院長でした。
その後、西原さんの姿は高須院長のTwitterにも度々楽しい写真が出てきます。パワフルな西原さんには今後も目が離せない感じです。
ところで「ダーリンは70歳」については、その後「ダーリンは74歳」 (コミックス単行本) が2020年1月に発行されました。というより、「ダーリンは71歳」も「ダーリンは72歳」も「ダーリンは73歳」もあります。
ダーリンは、何歳でもずっと続いていただきたいと思っています。
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簡単ですが、ベテラン漫画家、西原理恵子さんの出身校についてでした。