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メディア・アクティビストの辛酸なめ子さん
辛酸なめ子さんの学歴と出身校について。辛酸なめ子さんは漫画家で自らの立場を「メディア・アクティビスト」としています。
東京で生まれ、女子学院中学校・高等学校から武蔵野美術大学短期大学部に入学しました。御三家と言われる女子学院では、現在フリーアナウンサーの膳場貴子さんと同級生でした。
女子学院中学校・高等学校 ⇒ 武蔵野美術大学短期大学部
武蔵美(むさび)時代には、中ザワヒデキ事務所でアルバイトということで、充分に創作活動の刺激となったことでしょう。
辛酸なめ子(本名:池松 江美・いけまつえみ)
生まれ:1974年8月29日
出身:東京都
1981年:(推定)小学校入学、7歳
1987年:(推定)女子学院中学入学、13歳
1990年:女子学院高校入学(内部進学)、16歳
1993年:(推定)武蔵美術短大入学、19歳
1994年:GOMES漫画グランプリでGOMES賞
1995年:Webサイト『女・一人日記』開設
1999年:「池松江美物産展」
2000年:『ニガヨモギ』
2005年:『ヨコモレ通信』
2008年:『第1回ギャグ漫画家大喜利バトル』準優勝
2011年:『女子校育ち』
2012年〜:「緊急検証!シリーズ」
2016年:『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』
その他発表、出演等多数、著書多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の学校関係などに添えた年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
草間彌生さんのファン、横尾忠則を尊敬・・ということで(とは関係ないかもしれませんが)、小さい頃からヨーロッパの貴族関連の漫画などを描いていたそうです。
女子学院は中高一貫のみで当然、受験して入学しますが、高校時代に勉強しなくなったとか・・・
ところで、なめ子さんって、変わったペンネームですが、そもそも由来は何ですか?
なめ子 :高校時代に薄幸そうに見えるってよく言われたので、それが由来です。・・(中略)
そうですね…ここ数年は大変でしたね。通り魔にもあいかけました。ええ、六本木ヒルズで。取り押さえられているところに出くわしました。
(東京女子プロジェクト おしえてセンパイ http://tokyojoshi.com/oshipai/vol2/より)
なんともユニークですね。
なめ子:最初、真面目な女子校に入って。ちゃんといい大学に行って、いい会社に行くことを、親も希望してたんですけど。
高校時代に勉強しなくなって、成績も下がって。周囲の会話もよく分からなくなって(笑)。昔から好きだった美術系の学校に行くことにしたんです。
グラフィックデザイン科に入ったんですが、入ったら、自分が手先が器用じゃないことに気が付いて。
(同上)
辛酸なめ子さんの出身高校は女子学院高等学校(出身中学も)
辛酸なめ子さんは中高一貫の女子学院中学校・高等学校に進みますが、上記の取材でで自ら『周囲の会話もよく分からなくなって・・・』と語っていたのは冗談としてもーー
勉強そのものよりも、美術系を目指したとのこと。
それにしても「女子学院」ですから、出身者も凄いです。
徳島えりかアナウンサーや和久田麻由子アナウンサーもいます。女優の吉行和子さんも、登山家の今井通子さんも。歴史が長いので遡ると、金子みつさん、幸田文さんの出身校でもあります。
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女子学院は千代田区一番町にあります。今さらながら、皇居にも、国立近代美術館にも近く、なんとも都心の快適環境。
キリスト教精神に基づき、1870年創立という驚くほど早く開校された学校となります。
女子学院中学校・高等学校
所在地:東京都千代田区一番町22−10
こちらで6年間を過ごした辛酸なめ子さんです。
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女子学院の合格についてその理由は、謙遜でしょうけれど「太宰府天満宮の鉛筆とお母さんが願掛けして電車で座らなかったから」と語っています。
女子学院に入ってみると埼玉からの通学者は少なく、自分以外は洗練されている人に見えて気後れしたそうです。
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最初に知り合った後ろの席の子が、お父さんが社長でお手伝いさんがいる、と話していたのもカルチャーショックでした。なぜ勉強ができるだけでなく、裕福で、おしゃれで、運動も美術も音楽もなんでもできる子がいるのか……。
(https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/support/ranger/20171207-OYT8T50003/) より
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辛酸なめ子さんのテキストはユーモアも含めて多少自虐的な印象もあったのですが、しかし中学1年生の女子生徒がそう感じたのはまさに実感だったことでしょう。
一方でメリットとして、「埼玉の小学校で、私に石を投げてきたような荒くれ者の男子がいない」のでいじめの危険が減ると挙げていましたから、居心地は良かったのでしょう。
また『女子校育ち』の著書の「おわりに」では「小学校の頃、ひよわないじめられっ子だった私が、しぶとく生き延びていられるのは、自由な女子校で培った生きる力のおかげです」という一文もあります。
連絡をとってもとらなくても、「同窓生は皆ソウルメイトのような存在」ということで、そんな空気の醸成されている、やはりレベルの高い中高だった・・と想像します。
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埼玉で育ち、いじめも体験した小学校時代
辛酸なめ子さんは生まれは東京ながら小学校では何度かの転校もあったけれど、埼玉で育ったと語っています。
具体的な学校名は分かりませんが、小学校時代のなめこさん・・
当時、埼玉の小学校に通っていたのですが、2回も転校したこともあって、運動が決定的にできない私は、時々いじめられることがありました。(https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/support/ranger/20171207-OYT8T50003/) より
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そんな中で体力勝負の弱肉強食の世界から抜け出したかったそうです。
お母さんが白百合だったこともあって、中学受験を決心し、まずは四谷大塚に入るための塾に通い、それから四谷大塚の会員になって勉強・・という、世にいう中学受験の大変さが見えるような光景です。
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辛酸なめ子さんにとって、四谷大塚は専用の手帳にあとで見たら、チューターの男子大学生に連絡先を聞いては記していた・・というのが、ちょっと面白かったです。
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いじめられたという傾向は、どれくらいであったか分かりませんが、置かれた環境で逞しく育った小学生女子、であったことでしょう。
そんな埼玉の小学校時代を経て上記の「女子学院」時代となります。
出身大学は武蔵野美術大学(短大部)
次に進んだ武蔵野美術大学短期大学部は、現在では武蔵野美術大学へ全面改組され、学生募集もなく短大としては廃止されています。
いずれ、学校法人武蔵野美術大学が運営していました。
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武蔵野美術大学の出身者はもちろん多数。
いろんな分野で活躍しており、漫画家には西原理恵子さん(西原理恵子さんの出身大学と出身高校)や、みうらじゅんさん等がいます。アートディレクターの森本千絵さんも著名。奈良美智さんも、荒川修作さんもいます。
武蔵野美術大学
所在地:東京都小平市小川町1丁目736
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武蔵野という名前が示すように、大学の一帯はまさに武蔵野地域です。とは言っても複数の大学が建つ地域でもあります。
それにしても辛酸なめ子さんの著書一覧(アマゾンに飛びます)を見ると、それだけでも幅広い世界が広がりますね。
今日は少しユニークな講演のお手伝いをして来ます。
生徒会長としては、皆さんが少しでも防災に興味を持って貰えると嬉しいです😆
まずは興味を持つところから!!!#セレブ#防災#辛酸なめ子 #生徒会長金子#麹町#ホテルニューオータニ#無料 pic.twitter.com/e8Cor3wLw2
— 生徒会長金子(11月12日(土)事務所ライブ)(seitokaichou) (@kanekoshigeki) November 11, 2022
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以上、簡単ですが、ユニークな活動で注目される辛酸なめ子さんの出身校についてでした。