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山口馬木也さんは『侍タイムスリッパー』で注目度が上がる、しかし謙虚
山口馬木也さんの学歴と出身校についてご案内します。
山口さんは岡山県の総社市の出身で、実家は雛人形の職人のご家庭だったそうです。
小・中学校は地元の公立校と見られ、地元の総社高校から芸術学部のある京都精華大学に進学し、洋画を学んでいました。
岡山県立総社高等学校 ⇒ 京都精華大学
俳優への漠然とした希望はありながら、ある契機で上京しバーテンなどをする中で芸能関係者と出会ってデビューすることになりました。
私生活では一般の方と結婚し、お子さんも二人いるようです。
地道に活動してきましたが、2024年の主演作『侍タイムスリッパー』から、ことに注目が集まっています。
山口馬木也(やまぐち まきや) (本名・槙矢 秀紀 まきや ひでのり)
生まれ: 1973年2月14日
出身:岡山県総社市
1979年:(推定)総社市で小学校入学、6歳
1985年:(推定)総社市で中学校入学、12歳
1988年:(推定)総社高校入学、15歳
1991年:(推定)京都精華大学入学、18歳
1995年:(推定)京都精華大学卒業、22歳
1998年:『戦場に咲く花』でデビュー、25歳
2000年:舞台『三人姉妹』、『雨あがる』野田又四郎
2001年:大河ドラマ『北条時宗』北条顕時
2003年:『水戸黄門』鳴神の夜叉王丸、『剣客商売』秋山大治郎、30歳
2007年:『輪違屋糸里』斎藤一 、34歳
2010年:『告白』桜宮正義
2013年:大河ドラマ『八重の桜』榎本武揚
2016年:『伝七捕物帳』 晴瞭 、43愛
2019年:『ストロベリーナイト・サーガ』今泉春男、46歳
2020年:大河ドラマ『麒麟がくる』朝比奈親徳
2022年:大河ドラマ『鎌倉殿の13人』山内首藤経俊、49歳
2024年:『侍タイムスリッパー』主演・高坂新左衛門 、『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』岸井左馬之助
2025年:『キャスター』松原哲、『ESCAPE それは誘拐のはずだった』 白木広太 、52歳
2026年:『豊臣兄弟!』柴田勝家 、『鬼平犯科帳 兇剣』岸井左馬之助、『木挽町のあだ討ち』伊納清左衛門、53歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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(2025年 『ESCAPE それは誘拐のはずだった』にて)
山口馬木也さんの出身高校は岡山県立総社(そうじゃ)高等学校
山口馬木也さんは岡山県の公立校、総社高等学校出身者の一人とされています。
ちなみに総社市内には総社高等学校と総社南高等学校の2校の高校があります。
総社高等学校の創立は、明治24年の私塾春靄学舎までさかのぼります。
昭和の初期は岡山県総社高等女学校で、戦後に現在名となりさらに1950年に共学化されました。
出身高校:岡山県立総社高等学校
所在地:岡山県総社市総社3丁目9−1
創立:1891年
最寄り駅はJR桃太郎線(吉備線)の東総社駅。
同校は全日制課程で2つの科があります。
家政科
普通科
家政科があるのは、高等女学校だった経緯と関連があるのでしょうか。

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【総社高等学校の大学合格実績】は「みんなの高校情報」から一部を抜粋すると、2025年度の例で以下となります。
国公立大学
岡山大学 7名
島根大学 6名
岡山県立大学 6名 など多数
私立大学
岡山理科大学 42名
就実大学 33名
ノートルダム清心女子大学 25名
川崎医療福祉大学 16名
関西学院大学 10名
近畿大学 9名 など多数
このように基本的に進学校。
山口さん(槙矢さん)の場合は芸術系のためこの一覧には出ていませんが芸術学部のある京都精華大学に進学しました。
***
高校時代の山口さん(当時・槙矢秀紀さん)には、初めて俳優へのあこがれを抱いたようです。
そもそも山口馬木也さんについてエピソードが伝わるようになったのは、2024年の『侍タイムスリッパー』で主演し、同作が『侍タイ(さむたい)』として話題になったことが大きいのですが・・。
こちらはその2024年『小説丸』でのインタビューとなります。
山口が俳優に憧れることになった最初のきっかけは、高校生の頃に観た、レオス・カラックス監督の映画「汚れた血」(仏、1986年)だった。愛のない性行為で伝染する死の病、STBOが蔓延する近未来のパリを舞台としている。山口は振り返る。
「ドニ・ラヴァンという主役の俳優さん、『格好いい!』って思いました。ファッション、しぐさ、僕のなかですごく新鮮で、アーティスティックなものを観たという感じがあって、憧れました」
この頃、ものづくりを生業としていた実家の血を継ぐ山口さんは、芸術系の大学に進もうと考えており、それが京都精華大学進学に繋がりました。
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山口馬木也さんの出身地・総社市と出身小学校、出身中学校(市内の学校名は不明)
山口さんは岡山県の総社市の出身者として知られています。
まず岡山県の総社市とはどこかというと・・
総社市
倉敷市とも岡山市とも近く、しかし海には接していない地域が総社市で、古代「吉備の国」の中心地でした。桃太郎伝説が伝わり、かの雪舟の生誕の地でもあります。
細かいことをいうと、かつての総社市と2005年に新設された2代目の総社市では、市の範囲が異なります。
山口さんは元々の総社市出身と見られますが、子どものころに引っ越しが多かったとも語っています。
よって出身の小学校や中学校の細かいことは不明となります。
少なくとも2025年現在で総社市の中学は以下の3校があります。いずれも総社市立で・・
総社東中学校
総社西中学校
総社中学校
ただし山口さんの中学卒業は1988年のことで、諸々の変化があったかもしれません。

同じく小学校は総社市立総社小学校など13校あり、山口さんの出身校については今のところ不明。
一方で、SNS上では、
「実は私の小学校と中学で一緒に通ってた同級生なんですよ。名前は山口馬木也って俳優です」
という書き込みもあり、同級生がいるのは当然ですが、小・中一緒ということは、少なくとも総社市内で過ごしていたと見られます。
***
『フレグラボ』の記事(スペシャルインタビュー「今、かぐわしき人々」第237回:山口馬木也さん)によると山口さんは、小さいときは祖父母の方と過ごす時間が多かったようです。
・・というのも、僕は家庭の事情で結構転々と引っ越しをしたんです。本当にちっちゃいときは、けっこう立派な家に住んで、僕はじいちゃん子、ばあちゃん子だったんで、よく二人と離れにいました。
また同記事で
「小学1年から5年生ぐらいまで、剣道をやっていました。」
とも語っています。
殺陣(たて)の達人といえる山口さんですが、殺陣は一つの武器にしようと取り組んできたそうです。
しかし殺陣について・・
ただ、あの映画にもあるように、京都にはもっとレベルの高い人たちもたくさん居られるし、それは知っていますので。だから褒められるのはありがたいけれど、どこか照れくさいような、申し訳ないような気もします。
ということで、著名になっても気負わず控えめな姿勢が新鮮です。
いずれ、学校名は不明ながら子どもの頃は総社市内で過ごしていたと考えられます。
また上記『小説丸』によると、代々雛人形づくりの職人で、祖父はあるとき『夢は俳優になることだ』と記していたことが分かりました。
「僕はもともと職人気質なんです。じいちゃん、……父ちゃんも……、代々職人です」
祖父はいっぽうで・・中略・・楽しませていた。そんなエンターテイナー的な血が、山口に受け継がれたのかもしれない。40歳になる手前、実家に帰省した山口は、祖父の手紙を見つけ、驚いたという。
「じいちゃんの手紙には、『夢は俳優になることだ』って書いてあったんです。ここで(自分と)繋がったと思いました。一個、ギアが上がった。
(https://shosetsu-maru.com/interviews/genryuno-hito/51 より)
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(『メシドラ ~兼近&真之介のグルメドライブ~』にゲスト出演時 満島真之介さんらと)
山口馬木也さんの出身大学は京都精華(せいか)大学、芸術学部で絵を学ぶ
京都精華大学で洋画コース
山口さんは京都精華大学の出身であることが知られています。
出身大学:京都精華大学
所在地:京都市左京区岩倉木野町137
京都精華大学の前身は京都精華短期大学でした。大学としての開学は1979年になります。
2025年現在、学部構成は以下の5学部。
人文学部
メディア表現学部
芸術学部
デザイン学部
マンガ学部
また、京都精華大学は日本で初めてのマンガ学部を設置した大学とのこと。
マンガ学部のある京都精華大学と京都市が共同事業として整備したものが、「京都国際マンガミュージアム」で、京都市中京区の旧・龍池小学校跡地に建てられました。
京都国際マンガミュージアム
所在地:京都市中京区烏丸通御池上ル金吹町452
マンガ学部があることから、多くの漫画家(サライネスさん、助野嘉昭さん、ジャスミン・ギュさん、阿部洋一さん、武村勇治さんなど)の出身大学ともなっています。
また著名脚本家の木皿泉さん、現代美術の塩田千春さん、オセロの中島知子さんらを輩出してきました。
***
山口馬木也さんは、いつから芸能の道に進んだのでしょうか。
合格した京都の大学で油絵を描き、いっぽうでドラム演奏にも明け暮れる日々。ある時、実家の事情でゴタゴタが起き、家具一式を売ってバイクに乗り、東京へ移った。
「俳優」という漠然とした理想を抱えながらも、「劇団に入って役者になる」という道の存在自体、山口は知らないでいた。音楽とアルコールの入り混じるクラブでバーテンダーをしていたある夜、芸能関係者と出会ったことがきっかけとなり、思いがけず俳優としての人生が始まった。
(同上)
東京へ移ったということは、卒業後のことでしょう。都内でバーテンダー時代にご縁があったということ
『侍タイムスリッパー』で主演したときには、母校の公式サイトで【芸術学部洋画専門分野卒業生で俳優の山口馬木也さんが、映画『侍タイムスリッパー』に主人公役で出演されています】と告知されました。
最初の1998年の『戦場に咲く花』ではまだセリフもなかったそうです。
しかしその後のドラマ出演では少し動揺・・
「ただカメラの前で喋れば良い仕事だと思っていたけど、違っていました。まったく何もできなかったんです。それからですかね、『俳優になりたい』と真剣に思うようになりました」
このように、【俳優になっても、俳優に憧れ続ける】と小タイトルにされるように、慢心することなく、謙虚に俳優に憧れ続けて活動してきた山口さんでした。
そもそも京都精華大学時代はどう過ごしていたかというと・・
大学では洋画のコースを専攻。美術の道に進んだのは、絵本を作りたいという思いを抱いてのことだった。
「自分が描く絵のタッチは日本画より油彩の方があっていると思いました」と、洋画を選んだ理由を語る。
(『ハンケイ500m』「宝が池で一人、ぼーっとすることが多かった」より)
記事タイトルのように、馬木也さんは「宝が池」でゆったりする時もあったようです。
また、川端丸太町にあるライブハウス「CLUB METRO」で、アルバイトしていました。
2024年に初主演作『侍タイムスリッパー』
芸能生活も25年以上になる山口馬木也さんが、意外にも主演したのは2024年の『侍タイムスリッパー』。高坂新左衛門を演じました。
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「侍タイ」として盛り上がったこの映画にハマった子どもたちもたくさんいたそうです。
「うちの子どもたちに『侍タイ』を見せたんです。そうしたら、『模擬刀を買ってくれ』って(笑)。家でチャンバラごっこが始まりました」
ということで、自身のお子さんたちにも影響。
山口さんは、子ども世代があらたに時代劇を作ってくれることを願っているとのこと。
「侍タイ」でさらに著名になった山口さんには出演オファーが殺到しています。山口さんの母親はたいへん喜んで、映画館でパンフレットを5冊買って怪しまれたとか・・(転売を心配された)
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また「山口馬木也」という芸名については、以下のように語りました。2026年の『豊臣兄弟!』出演にあたっての取材です。
・・「馬と相性がいいんですって。それで馬木也をつけてもらったんですけど、つけてもらってからお馬さんとの仕事が多くて」と説明し、「今回の大河ドラマの撮影の初日も、馬の撮影から始まりました」と明かした。
この日は、袴姿で収録に参加。「やっぱり馬って人の気持ちや波動みたいなものをちゃんと汲み取ってくれるんだなということが、この番組を通して理解できたのはすごく大きいことだったなと思っています。感謝しています」と語った。
(https://news.mynavi.jp/article/20251223-3857603/ より)
***
時代劇専門チャンネルで放映された『鬼平犯科帳』は長谷川平蔵役の松本幸四郎さん主演で、岸井左馬之助役で山口馬木也さんも共演しました。
お二人は、たいへん息が合っているそうです。
【インタビュー】松本幸四郎&山口馬木也、“お餅と海苔”相性抜群の関係性で挑む『鬼平犯科帳』「言葉にしなくても」#松本幸四郎 #山口馬木也 #鬼平犯科帳 @jdigk_partners @jidaigekich https://t.co/W8PXUl36kN pic.twitter.com/CB2JUSW49f
— マイナビニュース・エンタメ【公式】 (@mn_enta) January 7, 2026
私生活では、TikTokではアカウントを娘さんと共有しているとのこと。
2025年の舞台『WAR BRIDE -アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン』では女優の奈緒さん(ヒロイン桂子)の父親を演じました。
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(奈緒さんらと)
その取材で印象的な言葉がありました。『どうしたら戦争がなくなるだろう』というテーマに関連して、大きすぎるテーマよりもまずは個として何ができるかを考えたほうが早い・・ということで、
僕の場合は、今日一日会った人を、決して嫌な気持ちにさせないようにしています。家族や友達はもちろん、それがタクシーの運転手さんやコンビニの店員さんでもそう。
(https://ourage.jp/life/interview/396694/ より)

同じ取材で、『侍タイムスリッパー』が大ヒットした時の家族の反応は・・
「家族の反応はすこぶるよくて、子どもたちもうれしいことを言ってくれるんです。『パパを自慢したくてしょうがないけど、学校では言わないようにした』って。それを聞くと泣けてくるというか、ああ、うれしいなって思いますね。
このように山口さんはたいへん繊細な方のようです。
ファンの方にお返ししたいと思うけれど・・
「例えば『今日、うまいものを食べた』とか、『こんな料理を作りました』という投稿をしたとして、見た人がすごく不愉快に思うこともあるのかなあなんて」
ーーということで、自分が苦労してきたから色んなことを考える、という姿勢。成功しても決して奢らないキャラクターが存在するようです。
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すでに2026年の『豊臣兄弟!』での柴田勝家役も期待を集めています。まだまだ50代になったばかりですし、大きな活躍が待っていることが想像されます。
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以上、簡単ですが山口馬木也さんの出身校についてでした。