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高橋克実さんは意外にも長い下積み生活があった
高橋克実さんの学歴と出身校についてご案内します。
高橋克実さんの出身校は、出身地・新潟県三条市の2013年の広報紙「広報さんじょう」にて、すべて明らかになっています。
高橋さんは1961年生まれで、三条小学校、第三中学校、三条東高校を卒業。さまざまな映画やドラマに出演する日本を代表する俳優で、バラエティーの視界などもこなす。
(https://www.kenoh.com/2013/01/04kouhou.html)
のちに高橋克実さんは三条市のPRアンバサダーに就任しており、地元の期待を集めていることが分かります。
このように地元の公立小・中学校を経て、地元の三条東高校に進学しました。
新潟県立三条東高等学校 ⇒ 2浪後に私大?
高橋さんの逸話でよく知られていることは大学進学よりもまずは上京するために、進学したいと家族を説得し予備校の寮に入って2浪したこと。
しかし予備校に通わずに、都内のロケ地巡りなどをしていたようです(後述)。
浪人後に大学に入って、しかしすぐ辞めたようですが詳細は不明(後述)
当初はアルバイトを続けながら役者を続けていました。しかしドラマ『ショムニ』の寺崎人事部長が当たって知名度も高まり、様々な番組に出るようになりました。
『トリビアの泉』の司会などでも著名に。
これまでバイプレイヤー的な役割もたくさん担ってきましたが、今ではベテラン俳優の一人となっています。意外と下積み時代が長かったことは過去のことで、今はあまり知られていないかもしれません。
高橋克実(たかはしかつみ)
生まれ: 1961年4月1日
出身: 新潟県三条市
1967年:(推定)三条小学校入学、6歳
1970年:上京して刺激を受ける
1973年:(推定)第三中学校入学、12歳
1976年:(推定)三条東高校入学、15歳
1979年:(推定)高校卒業、上京して予備校の寮に、18歳
1981年:大学に入学、中退、20歳
1987年:劇団離風霊船に入団、『ゴジラ』(劇団離風霊船)モスラ、26歳
1993年:『トーキョー国盗り物語』、シス・カンパニー所属、32歳
1995年:結婚(〜2006年)
1996年:『3番テーブルの客 第7話』主演
1998年:『ショムニ』寺崎人事部長、37歳
1999年:『最後のデート』主演
2001年:『ココだけの話ビビンパ』主演、39歳
2002年:『トリビアの泉』司会、41歳
2004年:『世界の中心で、愛をさけぶ』松本潤一郎
2006年:『ユニット』悪徳刑事
2007年:『爆笑レッドカーペット』
2008年:『フルスイング』主演
2010年:大河ドラマ『龍馬伝』西郷隆盛
2011年:一般女性と結婚、『ボクら星屑のダンス』主演、50歳
2012年:『梅ちゃん先生』ヒロイン父、長男が誕生、51歳
2013年:『確証〜警視庁捜査3課』主演
2015年:『直撃LIVE グッディ!』メインキャスター、長女誕生、54歳
2019年:『デジタル・タトゥー』W主演
2022年:三条市のPRアンバサダー就任、『向田理髪店』主演、『オールドルーキー』 葛飾吾郎
2024年:連続テレビ小説『虎に翼』杉田太郎 、『無能の鷹』朱雀又一郎
2025年:大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺』駿河屋、64歳
2026年:『おコメの女-国税局資料調査課・雑国室』 古町豊作
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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(『おコメの女-国税局資料調査課・雑国室』)
高橋克実さんの出身高校は新潟県立三条東高等学校
高橋克実さんは県立の三条東高等学校に入学しました。女優の水野久美さんとともに、同校の出身者の一人となっています。
出身高校:新潟県立三条東高等学校
所在地: 新潟県三条市北入蔵2丁目9
創立:1910年
同校の創立時は南蒲原郡三条町立女子工芸学校でした。
1950年から新潟県立三条東高等学校となっており当時はまだ女子校でしたが、1974年から男女共学。
三条市内には高校が4校あり、普通科の高校には三条高校と三条東高校があります。三条高校のほうには旧制中学時代もありました。
高橋克実さんが高校に入ったのは1976年と考えられますから、共学になってまだ間もない時期。
共学後も、被服科や家政科があった時期もあり、しかし1997年以降は普通科のみとなっています。
ところで1982年に同校は現在の場所に移転しましたから、高橋克実さんが在学した当時は、別の場所だったことになります。
【三条東高等学校の大学合格実績】は、「みんなの高校情報」から一部を抜粋すると、2024年の例で以下となっています。
国公立大学
新潟大学 7名
新潟県立大学 7名
三条市立大学 4名
私立大学
新潟医療福祉大学 22名
新潟国際情報大学 9名
新潟薬科大学 8名
新潟青陵大学 7名
神奈川大学 4名 など多数
高橋さんは後述のように、卒業した年には進学していません。
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(2022年)
高橋克実さんの出身地・新潟県三条市と出身小学校(三条小)、出身中学校(第三中)、後に三条市のPRアンバサダー
冒頭の広報誌にあるように、高橋克実さんの出身小学校は以下となっています。
出身小学校:三条市立三条小学校 (現在は廃校)
所在地:新潟県三条市元町11−6
三条市立三条小学校は、1872年に創立された歴史のある小学校でしたが、2017年に閉校となり、裏館小学校に統合されました。

父は東三条駅から徒歩15分くらいのところにある商店街で、金物屋を営んでいました。オフクロは専業主婦で妹が1人。どこにでもある平凡な家庭でしたが、それがどんなに幸せなことだったのかと今になって思います。
・・中略・・
僕は小学校時代から友達の笑いを取ることばかり考えていました。要は目立ちたがり屋だったんでしょうね。(https://gendai.media/articles/-/100462 より)
また育った環境は・・
「町の真ん中を流れる五十嵐川がこれまた美しい。子供心に、なんて綺麗なんだろうと思いながら河川敷で近所の友達と野球をしてました。」
ということでたいへん健全な小学生の姿が浮かんできます。
出身中学校:三条市立第三中学校
所在地:新潟県三条市西裏館2丁目15−22
三条市では小・中一貫教育が導入され、2017年4月から第三中学校と裏館小学校と上林小学校が「三条学園」という学園名になりました。
***
『私の地図』という週刊現代の記事によると、両親が映画好きで映画にも連れて行ってくれたそうーー。
後に高橋克実さんが俳優を目指していた時期に父親が「お前が役者になれるんだったら、俺がとっくになってるわ!」と語ったというのは、むしろ血縁的な才能がうかがえる気がします。
また、後年の高橋さんに影響を与えた出来事が、小4の頃にありました。
東京で暮らしている叔父さんの家に遊びに行き、叔父さんが夜の街をドライブしてくれてその光景に感動し、強烈に東京へのあこがれを抱くようになりました。
9歳か10歳かという時期の体験が、一生に影響を与えたわけですね。

私見ながらそれはたいへんよくイメージが湧きます。高橋さんの10歳ころ、つまり1970年ころにテレビはあっても現在のように世界中の映像を頻繁に目にしない時代ーー。
そんな時に小4男児がリアルで東京を体験したら、こども心にも世界観が変わったのではないでしょうか。
ある晩、伯父がドライブしようと東京タワーまで連れて行ってくれまして。首都高の芝公園辺り、走る車の中で眼下に夢のような光景がわーっと広がって、今にも空を飛びそうに感じました。不夜城じゃないの? 近未来都市じゃないの? みたいな。
(同上)
***
また中学時代は「CMをつくる人」に憧れていたとのこと。
当時はCMディレクターという言葉を知らず、イメージとしてコマーシャルを作る人に憧れていました。
僕は子どもの頃から映画も好きでよく見ていたんですが、映画やドラマで映る東京の風景に憧れていたんです。それでとにかくいつか、東京に出なければと思うようになりました。
(https://post.tv-asahi.co.jp/post-195865/ より)
***
高橋さんは2022年に「三条市史上初」のPRアンバサダーに就任しました。
三条市の公式サイトによりますと、2024年にも2期目の「三条市PRアンバサダー」就任が伝えられ、再任に当たってのご本人からのメッセージ動画をYouTubeで限定公開・・ということも告知されました。
三条市の #滝沢亮 市長とお届けする #えんがわでランチブレイク☕
今日の放送では三条市出身の俳優で、三条市PRアンバサダーの #高橋克実 さんをゲストにお迎えしました👀🗯聞き逃してしまった方は、radikoのタイムフリーでぜひ📻⬇https://t.co/ev5CWjw3ae@sanjo_city#fm775 #マイブラザー pic.twitter.com/jykHJz1HnV
— FM-NIIGATA (@FMNIIGATA) June 7, 2023
ところで余談ながら高橋克実さんは、1961年4月1日生まれですからギリギリの「早生まれ」となり、1960年度の人と同学年となります。
あと一日、遅かったら次の学年だったのですがーー。
身近に4月1日生まれの人がいないので、どうだったかつい確認してしまいました。
高橋克実さんの出身大学は不明(2浪後に入学)
高橋克実さんはこれまで多くの記事に記されたように、高校卒業後はともかく上京するために大学受験を口実にしたそうです。
予備校の寮(東松原駅の近く)に住んで浪人していました。
ただし予備校に行かずに、東京の名所や映画のロケ地など、訪ねたい魅惑的な場所がたくさんあって、憧れの松田優作さんの行くという焼き鳥屋さんを訪ねたり・・
とても予備校生とはいえない生活ーー。

予備校生活はどうしていたかという質問に・・
それが予備校には全く行かずに最初にやったことは中村雅俊さんの主演ドラマ『俺たちの旅』のロケ地巡り。吉祥寺に行ったり肩車をしているシーンの新宿の噴水に行ったりして(笑)
・・中略・・
(親御さんは?)多分もう諦めていたと思います。大学に行く気がないということがわかっていたのでしょうね。・・(https://post.tv-asahi.co.jp/post-195865/ より)
この記事のタイトルは【高橋克実大学受験を口実に憧れの東京へ。予備校にはまったく行かず「最初にやったことがドラマのロケ地巡り」】ということで、シンプルに克実さんを表していました。
***
つまり出身大学という点では、2浪したあとに私立大学に入学してやがて中退とされています。
大学名は不明。
ただ細かいことをいうと、寮も退去させられ親から勘当同然になっていた高橋さんが、どうやって大学を受けたのか、入学金等はどうしたのか、どこの大学だったのか・・
このあたりは不明です。
(『週刊文春』2022年10月6日号・阿川佐和子の「この人に会いたい」の記事に説明があるかもしれませんが詳細は確認できていません。)
やがて3歳下の妹さんが東京で就職することになり、父親から一緒に住んでやってほしいと言われ、風呂なしのアパートから風呂ありの部屋に引っ越すことになったーーとのこと。
いずれ、最初は役者になりたかったわけでなく、映画が好きなので映画の世界の近くでなにかできたらよいと思っていたとのこと・・
しかし・・
その頃、僕は映画の世界に少しでも近づきたいということで、エキストラのオーディションによく行っていて、そこで知り合った連中と映画を作りたいねと夢を語り合っていたんです。
でも映画はお金がかかるから、劇団をやってみようという流れになって、新宿の「タイニイアリス」という小劇場で初舞台を踏みました。その時の仲間が出入りしていた劇団「離風霊船」に出演したのは26歳の頃でした。
(https://gendai.media/articles/-/100462 より)
ということで、いよいよ「役者」が始まりました。
もっとも順調というには程遠く、アルバイトでの生計は38歳まで続いたとのこと。
トリビアの泉での高橋克実語録
私のやってほしい
バカせまい史は、
“トリビアの泉での高橋克実語録”#私のバカせまい史 https://t.co/5I5hBEMYGV pic.twitter.com/NSuxRubeCx— 転生したレイ🐧🐊🐼🦭♀ (@kabuusu3121) October 15, 2024
しかし1998年の『ショムニ』寺崎人事部長が当たり役となり、次第に安定した出演を重ねるようになりました。
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現在の高橋さんを見ると、ふつうにベテラン俳優さんの一人と思うのですが、また事実ではありますが、意外と下積みの時期も経験しておられ、
主演もあるけれど、バイプレイヤー的な役割を果たしてきたことも分かります。
2022年の映画『向田理髪店』は意外にも初主演映画でした。
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『向田理髪店』では奥さん役が富田靖子さんでした。
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(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺』にて)
『べらぼう』(横浜流星さん主演)では主人公の育ての親?的な頻出人物。
たまたま見かけた「飯島直子の今夜一杯いっちゃう?」の西荻窪編(2025年12月)では高橋さんが登場。
飯島さんは『べらぼう』で駿河屋の女将、つまり高橋克実さんの演じる市右衛門の妻でした。
高橋さんは生の「眉のある飯島さん」にあらためて感動し、自分が諸々の役者さんに憧れていたことなど、飾りなく語っているのが印象的でした。
また上京後の若いころ、実家にコレクトコールで料金相手持ちの電話をかけていたけれど、やがてコレクトコールが拒否されたことも話していました。
(コレクトコールという名前自体、平成以降のかたには不明でしょうか)
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私生活では1995年に当時の女優の方と結婚し11年後に離婚しましたが、2011年に一般の方と再婚。
当時各社に送ったFAXには、「相手の女性は35歳の一般の方」と記されていました。
その後51歳で初めてのお子さんが生まれています。たいへん子煩悩な様子です。
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以上、簡単ですが高橋克実さんの出身校についてでした。