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清水ミチコさん、「カニカマの夕べ」も実現
清水ミチコさんの学歴と出身校についてご案内します。
モノマネで知られる女優の清水ミチコさんは、岐阜県の出身。
地元の公立小・中学校を経て高校までは地元で過ごし、短大の時に上京しました。
高山西高等学校 ⇒ 文教大学女子短期大学部
高山西高等学校は私立高でした。
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文教大学の短期大学部では家政科を卒業し、家庭科教師の資格も取得。
卒業後、故郷に帰ることなくアルバイトをしながら、投稿などを続け、知人が放送作家を募集していたことから、ラジオの構成に関わることになりました。
弾き語りのモノマネには定評があり、平野レミさんや森山良子さん、矢野顕子さんらが代表的なレパートリーとなっています。
2022年秋から行った「カニカマの夕べ」の裏テーマは「祝・松任谷由実デビュー50周年」でした。これはミチコさんが自らの芸風を本物のカニではないけど、おいしいと「カニカマ」に例えることから名付けられたもの。
清水ミチコ
生まれ:1960年1月27日
出身:岐阜県高山市
1966年:(推定)南小学校入学、6歳
1972年:(推定)高倉中学校入学、12歳
1975年:(推定)高山西高校入学、15歳
1978年:(推定)文教大学女子短期大学部入学、18歳
1983年:『クニ河内のラジオギャグシャッフル』構成兼出演、23歳
1986年:初ライブ、『ひょうきん予備校』受講生
1987年:『森田一義アワー 笑っていいとも! 』( 〜1992年)、坂田幸臣さんと結婚、27歳
1989年:『ハートに火をつけて!』
1991年:『ちびまる子ちゃん』山口百恵、31歳
1996年:『素晴らしき家族旅行』菊地正美
1998年:『清水ミチコの顔マネ塾』上梓
1999年:『天才てれびくんワイド』「なりきりシンガーズ」MC、39歳
2001年:連続テレビ小説『ちゅらさん』神田秀美
2003年:『天才てれびくんMAX 』「なりきりシンガーズ」MC
2005年:『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ! 』レギュラーパネラー、『ファイト』由紀さおりの代役、45歳
2006年:『清水ミチコのミッチャン・インポッシブル
2013年:『妄想ニホン料理』 MC
2016年:『ニュース シブ5時「悩み相談 渋護寺」』、大河ドラマ『真田丸』旭姫、56歳
2018年:『終わった人』山下正美
2023年:『褒めるひと褒められるひと』大川えり子、63歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の学校関係などに添えた年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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清水ミチコさんの出身高校は高山西高等学校
高山西高等学校はシンプルな名前ながら高山市で唯一とされる私立高校です。
昔の校風は違ったそうですが、現在、以下の3コースでそれぞれの進路を明確にして進学実績も上がっているとのこと。
特1コース・・勉学で国公立・私立難関大学など
特2コース・・部活動・勉学の両立で4年制大学など
蛍雪コース・・就職、専門学校など
高山西高等学校
所在地:岐阜県高山市下林町353
創立:1962年
そもそも「高山」とは遠くの者にもよく耳にする地名。
広域となる市でもあります。
岐阜県というと、白川村の白川郷などが想起されやすいのですが、富山県に接する白川村や飛騨市にも連なる高山市は、かなり北陸よりになります。
【高山西高等学校の大学合格実績】は、「みんなの高校情報」によりますと、2022年の例で以下となっています。
国立大学
富山大学 2名
金沢大学 2名
静岡大学 2名など
私立大学
名城大学 23名
岐阜聖徳学園大学 15名
岐阜協立大学 12名
立命館大学 8名 など多数
清水ミチコが天才なのではなく、清水ミチコというというコンテンツの中に天才的なセンスが散りばめられているのだと思いまる。 pic.twitter.com/Qwe4LQwibo
— 裏じょかたん公式(りょうくん) (@Ryo_KabukiJOKER) May 7, 2022
余談ながら岐阜県出身の作家、池井戸潤氏の出身地は岐阜県の八百津(やおつ)町で、岐阜県のかなり南部になり、長野の恵那盆地なども近い位置となります。
池井戸潤さんの『ハヤブサ消防団』も地域柄が出ていて興味深い小説でした。こちらはフィクションとはいえ、池井戸さんが子どもの頃に遊んだであろう八百津町を思わせてくれました。
岐阜県と一言でいっても広い県ながら、地域柄が面白い県だと思います。『半分青い。』の舞台にもなり、北川悦吏子さんと池井戸潤さんは同じ高校の出身となっています。
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清水ミチコさんの出身地、岐阜県高山市と出身小学校、出身中学校
出身校は「思い出こみゅ」などにも記されていますが、ご本人が母校を訪問した等々の記事も見られます。
すなわち清水ミチコさんの出身小学校、中学校は以下とされています。
出身小学校:高山市立南小学校
所在地:岐阜県高山市岡本町1丁目18
同校の歴史は明治の1904年までさかのぼります。高山市立南小学校の名前になったのは戦後のことでした。
同校と数百メートルの近距離にあるのが下記の松倉中学。ただし松倉中学校は高台にあるため、周囲とは若干、景観が異なっています。
また、すでに著名人となった清水さんが母校を訪ねる番組も放映されました。こちらは2013年のものです。
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小学校の頃の清水ミチコの写真を紹介。
清水ミチコの地元岐阜県高山市に取材に行ったと聞いた清水ミチコは驚きのあまり平野レミのようになってしまい、モノマネもした。
母校と実家のif 珈琲店を紹介し、初恋の相手橋本雅之がVTRに登場。小学生の頃の清水ミチコはぼーっとしていたがおちゃらけて嘘泣きをしていたといい、高山市立南小学校の文集を貸してもらった。
(https://datazoo.jp/w/高山市立南小学校/16496563 より)
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出身中学校:高山市立松倉中学校
所在地:岐阜県高山市上岡本町4丁目4−119
松倉中学の開校当初は、南小学校の校舎の一部を使っていました。

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また、2013年の「飛騨経済新聞」の記事によりますと、母校の松倉中学校で「清水ミチコ先輩と語る会」が開かれ、ミチコさんが訪れ、交流していました。
座談会では、生徒から「芸能界に入ったきっかけは」「好きだった教科は」・・(中略)・・ 「つらいことがあった時はどうやって乗り越えるのか」の問いには「つらくないという物まねで自分の心を錯覚させる」と回答。
このほか、生徒からの急なフリにも笑顔で即座に応えたり、左右の手で2曲を同時演奏するピアノネタを披露したりする一幕も。
最後は全校生徒が清水さんと一緒に校歌を斉唱した。
(https://hida.keizai.biz/headline/546/ より)
このとき、清水さんと同級生だったという「室屋透さん」が教諭として同校におられ、「人の物まねなんてまだ誰もテレビでやってなかった中学時代」に清水さんにモノマネで呼び止められた・・ことなどを語っていました。
のちにテレビに出ている清水さんを見て肝をつぶしたそうです。
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清水ミチコさんが高山市出身であることは、このようによく知られており、実家は弟の清水イチロウさんが喫茶店をしていることも有名。
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高山市にある1969年創業の「if珈琲店」さん。清水ミチコさんのご実家で、弟さんが父上から継承し、よりジャズ度の高いお店に変貌。笑顔の弟さんは早稲田大学ジャズ研出身。スピーカーはEV-AristocratをメインにJBL-L101、ターンテーブルはGarrard-301とTHORENS-124。英国パブ風の素敵なお店です。 pic.twitter.com/aHaesplBOS
— サスケ (@sasukejazz0033) June 15, 2019
清水イチロウさんは、ミチコさんより11歳ほど年下で、地元の高山市にある「岐阜県立斐太高等学校」を経て「早稲田大学」に進学し、早稲田のモダンジャズ研究会に所属していました。
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子どものころの清水ミチコさんは「PANASONICA JPN」さんのサイトによりますと、漫画家になりたいと思っていました。さらにご両親のうち父親が音楽好きだったため、いつも家庭にジャズが流れていたとのこと。
ご両親は離婚して父親のもとで育ったのですが、義母の方がたいへん可愛がってくれたそうです。

ピアノについては、ヤマハに通ったけれど 譜面に書いてあるものを弾くことに抵抗があって、一年で辞めたーー。つまりピアノはほぼ独学で学んだというのは、やはり「天才」を感じさせます。
このような子ども時代を経て上記のように地元の高山西高校に進みました。
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清水ミチコさんの出身大学は文教大学女子短期大学部
清水ミチコさんの進学した文教大学女子短期大学部は 1953年に立正学園女子短期大学として設置されました。
清水さんが入学したのは1978年で、短期大学としては2012年に廃止されました。
同校は1学科のみに規模縮小された後に、4年制の健康栄養学部健康栄養学科へ移行。
かつての「短大」が廃止され、4年制に移行されたのは文教大学に限らず、かなりの大学で見られた傾向。言い方を変えると、かつては高校生女子の進学先は「短大」でしたが、周知の通り、世相は大きく変わりました。
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文教大学湘南キャンパス
所在地:神奈川県茅ヶ崎市行谷1100
タレントのイモトアヤコさんは文教大学の情報学部でした。湘南キャンパスに通ったということでは短期大学部のキャンパスと同じ場所になります。
ただしイモトさんはミチコさんより26歳ほど後輩なので、別の時代でした。
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こちらの湘南キャンパスは、文教大学の「文教の森」という森に囲まれています。湘南といってもこちらは海には遠く、地域的には「湘南台駅」からバスで20分の位置。
清水ミチコさんは、こちらの短期大学で家庭科の教師の資格を取りました。
文教大学は、前身名は1976年まで「立正女子大学」でした。すなわち清水さんが入学した1978年は、名前が変わってまもなくということになります。
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短大時代の清水さんは、ラジオへの投稿をしていたことが知られています。
まだ芸能活動は始まっていませんが、結果として自分の中で素材を集め、また希望や自信を深めていった時期だったと言えそうです。
卒業後、実家からは帰ってくるよう言われていたのを、引き伸ばしながら都心に留まっていたことが知られています。
清水さんは文春の取材にこのように答えています。
今のところ、自分より上の、ユーミンさんや矢野さん、小池百合子さんや瀬戸内さんをターゲットにさせてもらっているんだけど、年上で自分より有名な人だとまだみんな笑うんですよね。
でも「これから」っていう子たちをネタにした時、「キャリアある人が若い子ネタにしたらかわいそうじゃないですか」ってなるから、私、ほんとたぶんあと数年で消えると思う(笑)。風前の灯。
(https://bunshun.jp/articles/-/42543 より)
ここだけ引用するとニュアンスが異なって伝わるかもしれません。しかしこの話で、逆に政治家はモノマネできる最上位にいる、というのはなるほど興味深いことです。
清水さんのいう「強い女性をモノマネするのに喜びを感じる」ことでしょう。
モノマネの対象として平野レミさんや松任谷由実さん、森山良子さん等を選んだのも分かるような気がします。
清水ミチコと森山良子が並んでいると、両方とも清水ミチコのような気がしてきて、脳がバグる感覚がある。 pic.twitter.com/t45DWy8B3R
— オジョンボンX (@OjohmbonX) September 16, 2022
そして多数の方々をモノマネするなかで、時には毒を感じるとも言われるのは、むしろ織り込み済みなのかもしれません。
清水さんのプロ精神というか覚悟のようなものの反映でしょうか。
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『天才テレビくん』に出演していたこともあって若い層にも知られていますし、大河ドラマにも、朝の連続テレビ小説にも出演し、ベテランの一人となっています。
また1987年に結婚し、翌年に生まれた娘さんが結婚したときも話題となりました。
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先週の真田丸、清水ミチコさんの顔芸が面白かったなぁ。何でも、三谷幸喜さんからの出演依頼に、台詞なしならと応じたそうな。それを活かす脚本も流石。秀吉の母君も出自を連想させるキャスティングで見事。 pic.twitter.com/fdYfJ0yqKe
— 中田譲治 (@joujinakata123) May 8, 2016
『真田丸』では物言わぬ「姫」でした。台詞なしなら・・とはまた凄い。秀吉の妹で家康に嫁いだ旭姫(朝日姫)は、2023年の『どうする家康』では山田真歩さんが演じます。
2023年には森川葵さん主演の『褒めるひと褒められるひと』でも期待を集めました。
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以上、簡単ですが清水ミチコさんの出身校についてでした。