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アンミカさんは阿倍野区の小・中・高からモデルとなり、のちに韓国語学堂に留学
アンミカさんの学歴と出身校についてご案内します。
アンミカさんはファッションモデルでデザイナーでも女優でもあり、多方面で活躍中。
大阪の生野区・阿倍野区で育ち、子どものころは経済的に苦労しアルバイトなどしていましたが、両親の教えから心理的にもたくましく育ったことが分かっています(後述)。
地元の公立の小・中学校を経て、地元の公立進学校である住吉高校に進みました。塾に通わずとも進学校に合格したのには早朝の新聞配達も間接的に奏功しました(後述)。
大阪府立住吉高等学校 ⇒ 進学せず
高校卒業後、アンミカさんは進学校ながら自らモデルの道を選び、まずは一人でパリに渡ってオーディションを受けました。
そのときは実りませんでしたが、日本に帰って苦労の後にパリコレに参加し、モデルとして成功するようになりました。
2020年代をみるとモデルのみならず化粧品のプロデュース、ジュエリー・ファッションデザイナー等として活躍する一方で、ドラマへの出演、MC等でも広く知られています。
アンミカ(AHN MIKA、安美佳 안미가)
生まれ:1972年3月25日
出身:大韓民国・済州島
1978年:(推定)高松小学校入学、6歳
1984年:(推定)文の里中学校入学、12歳
1987年:(推定)住吉高校入学、15歳
1990年:(推定)高校卒業、単身パリへ、18歳
1992年:再度パリへ、20歳
1993年:パリコレ参加
2002年:韓国延世大学校韓国語学堂に留学、30歳
2007年:『パッチギ! LOVE&PEACE』
2009年:「韓国名誉広報大使」、『肩甲骨美人ダイエット』 発行
2012年:米国の実業家と結婚。『歌うま女王は誰だ!?歌がうまい王座決定戦魂の大激突スペシャル』初優勝
2013年:初代大阪観光大使に就任
2018年:『99.9-刑事専門弁護士-SEASONⅡ 』満里恵、46歳
2022年:『 悪女(わる)〜働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?』アンミカ(本人)
2023年:『熱唱!ミリオンシンガー』合格、『ワタシってサバサバしてるから』お魚さん、『DayDay.』火曜レギュラー
2024年:『イップス 』 南条理沙、『ポジティブ手帳2025:365日、アン ミカ思考で幸運体質!』 発行、52歳
2025年:『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』パトラ鈴木、『君がトクベツ』本人
2026年:『おコメの女-国税局資料調査課・雑国室』紅林葉子、54歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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アンミカさんの出身高校は大阪府立住吉(すみよし)高等学校
アンミカさんは小・中学校と同じ阿倍野区にある公立高校の住吉高等学校に進学しました。
同校は「大阪府立第十五中学校」を前身校とする歴史ある高校。
長いこと普通科高校でしたが1990年度に「国際教養科」が併置され、2005年からはさらに科の名前が変わって以下の体制となっています。
総合科学科 (もと普通科)
国際文化科 (もと国際教養科)
出身高校:大阪府立住吉高等学校
所在地:大阪市阿倍野区北畠2丁目4−1
創立:1922年
アンミカさんの場合、住吉高校の卒業式で特別に許可されて民族衣装のチマチョゴリを来て出席しました。
出身者にはアンミカさんの他に堺屋太一さんや中谷巌さん、作家のいしいしんじさん、阪田寛夫さんらがいます。
【大阪府立住吉高等学校の大学合格実績】は「高校受験スタディ」から一部を抜粋すると2025年の例で以下となっています。
国公立大学
大阪公立大学 23名
大阪大学 2名
京都大学 1名
東京大学 1名
その他の国公立 48名 など多数
私立大学
関西大学 120名
関西学院大学 71名
近畿大学 223名
同志社大学 61名
立命館大学 33名
龍谷大学 55名 など多数
このような状況ですから、同校から進学しない生徒は珍しかったと推測できます。
***
下記の小・中時代のあとに、高校時代のアンミカさんはすでにモデル事務所に登録していたけれど、仕事はなく、むしろ陸上競技に励んで真っ黒になっていたということーー。
そして進路に関しては、いわゆる進学ではなくモデルへの道を模索しました。
モデルになりたいと伝えたときも、最初は反対されました。高校は大阪の進学校に通っていたのですが、父は大学に行ってほしかったんです。陸上をやっていて、推薦の話もあったのですが、怪我をしてしまい、もう長くはできないだろうということになって。
それで自分をごまかさずに、ずっと夢だったモデルをやりたいと伝えたら、そろばんのときと同じで「本当にモデルをやりたいのなら、3つ条件がある」と言われました。その1つめの条件が、家を出ることでした。
(2021年『コリアンワールドニュース』地球人としていろいろな文化や考え方を尊重しよう より)
このようにして、アンミカさんは進学ではなくモデルの道を選び、しかし家を出て一人で生きていくという厳しい数年間を迎えることになります。
上記引用の父親の「3つ条件」とは家を出るの他に・・
・一流モデルと世の中に認められるまで、実家の敷居を跨がない
・毎日、新聞を読んで学び社会に役立つ資格をとること
というように父親の教えはいつも厳しいけれど、その通りにすると間違いないものだったそうです。
アンミカさんの出身地・大韓民国済州島と出身小学校(高松小)、出身中学校(文の里中)
ここで高校よりも前の子ども時代に戻ります。
出生地については資料により、区はともかく生まれたのは大阪とされていますが、出身地は韓国・済州島。
ご両親は大韓民国・済州島の出身とされ、美佳さんは5人兄弟(姉妹)の次女で、兄・姉・ミカさん、弟・妹という年子5人がいる7人家族でした。
***
著名となったアンミカさんには諸々の口コミがもたらされ、「思い出こみゅ」では以下の公立校が出身校とされ、かつ出身者の一人となっています。
また高松小学校の児童は基本的に文の里(ふみのさと)中学校に進むことになります。
出身小学校:大阪市立高松小学校
所在地:大阪市阿倍野区天王寺町北3丁目17−19
出身中学校:大阪市立文の里(ふみのさと)中学校
所在地:大阪市阿倍野区美章園1丁目5−52
ジャズシンガーの綾戸智恵さんも文の里中学校の卒業生でした。
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子どものころのアンミカさんについて、諸々の逸話が残っています。
アンミカさんは3歳のときにダンボール工場の階段から落ちて顔にケガをしました。
それに中学までの私は「チビ、デブ、ブサイク」といわれるくらい、太っていて小柄だったんです。だから私は生まれた時からの美人でスタイルも良くて、というタイプではなく、むしろコンプレックスの塊。
(https://www.kouenirai.com/kakeru/magazine/ma_beautrise/17490 より)
それを美容の仕事をしていたアンミカさんの母親が、具体的にアドバイスしました。
「何も目鼻立ちがきれいなだけが美人じゃないの。一緒にいて心地いい、清々しい人であることも美人。」
ーーと励ましてくれ、小学校入学の頃には元気になったとのこと。
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(貴重なお母さんのお写真)
しかしその後、母親はガンに罹りアンミカさんの中学時代には寝たきりになりました。
鏡を見るのが好きだったアンミカさんに「モデルさんになったらいいかも」と母が語るのを聞いて、自称「コンプレックスだらけだった」一方でモデルになことを考えるようになったとのこと。
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(ミカさん夫婦の幼い日のそれぞれ、 2枚目に小学生のミカさんが映っています)
中3のときには焦ってモデル事務所に5回書類を送って常に返され、「私、写真写りが悪いので、実物を見たほうが得だと思います」って言って会社を訪ね、「実物もちょっと」と落とされたけれど・・
遊びにおいでと言われた社交辞令を受けて、事務所に毎週通ったそうです。
そこでレッスンだけは受けさせもらい、所属はしてもモデルとしては泣かず飛ばず。その後、高校に進学して陸上部で真っ黒になったそうです。
(このあたり、上記引用先からのまとめ)
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別の取材ではこんなことも・・
私の家は父と母、5人の子どもたちの7人家族。ただとても貧乏で、父が働くラーメン屋を間借りして、6畳半にぎゅっと身を寄せ合って暮らしていました。それだけでなく、1年で2回も家が火事で燃えてしまう不運にもあいました。
(『AERA』「神様なんかいるもんか」…アンミカが凄絶な過去から学んだ“幸福論” 「悩めるってすごく美しいことで、生きている証し」より)
その後に母親のガンが判明し、父親はその治療費のために出稼ぎし、子どもたちは教会に預けられた・・のこと。
さらに生活のために新聞配達のバイトをして、そのおかげで陸上のタイムが上がり、早朝に時間が余るから勉強もしてそのおかげで塾にいかずとも進学校に合格できました。
ーーこのようにアンミカさんの小・中学校時代は、波乱万丈だったようです。しかし、単に苦労したという話でなく自ら驚くべきパワーで道を開いてきたことが分かります。
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(2022年 TBS【オオカミ少年】にて)
アンミカ(AHN MIKA)さんの出身大学はなし(後に韓国延世大学校韓国語学堂に留学)
卒業直後に単独でパリに行きオーディションを受ける
高校卒業後に進学ではなくモデルになり、父親からの条件提示で家を離れて一流のモデルを目指し、かつ社会に役立つ資格を取得しようとしたアンミカさん・・
よって大学等へは進学していません。
(ただし、30歳のころ日韓ワールドカップのあった年に韓国に語学留学しました。)
その前に・・
高校を卒業後はすぐにパリに向かっています。
父親からモデルになるなら家を出ていくように言われーー(その時、母親は逝去後)
でもその時の私はまだ18歳。8月が母の命日だし、それまでには家に戻りたい。半年でモデルとして一流と言われるにはどうしたらいいか。
そうや、パリコレや!と思ったんです。コネも宛ても何もなかったんですが、思いだけで、格安航空券で南半球回りでパリに行って。でもオーディションには全部落ちて帰ってきたんです。
(https://www.kouenirai.com/kakeru/magazine/ma_beautrise/17490 )
なるほど、当時お金があったわけでないアンミカさんがパリにどんなふうに向かったか不思議でした。しかし、ともかくの行動力で「格安航空券で南半球回りでパリに」ーーというのには圧倒されます。

1回目のパリで、オーディションにはすべて落ちたけれど、スタッフに果敢に質問し自分をどう見せるかということへの収穫はあったようです。
パリから帰国してからはバイト続きでしたが、たまたま京都でのファッションショーに出かけた時の縁で、アンミカさんの写真がロンドンの「i−D」に掲載され、やがて火が点いたように有名になっていきました。
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(のちに 2025年 大阪マラソンにて)
そしてアンミカさんを使ったデザイナーさんがパリコレに出ることになり、アンミカさんも1993年にパリコレへの参加となりました。
ーーこんな経緯を聞くと、なんとも強運の持ち主という気がします。
しかし決して偶然の重なりではなくアンミカさんの強い精神力を感じますし、母からも父からも教えを受けてそのゆえにまっすぐに進んできたと言えそうです。
韓国延世大学校韓国語学堂に留学
ところで1993年にパリコレに参加したアンミカさんは、10年後の2003年に韓国延世大学校韓国語学堂に韓国語を学ぶために留学しました。
韓国延世大学校韓国語学堂は「語学堂」とも呼ばれる教育機関。
朝鮮語を母語としない人たちに朝鮮語を教える学校となります。日本人では産経新聞の黒田勝弘さんや、ジャーナリストの青木理さんら、それぞれ1、2年の留学をしてきました。
アンミカさんは2002年から2003年にかけての在学。
韓国延世大学校韓国語学堂はソウルの延世大学のキャンパスに隣接しています。
留学先:延世大学校韓国語学堂
所在地:Daesin-dong, Seoul, 大韓民国
じつは2002年の日韓ワールドカップの前年に、沢山のオーディションお話がきたそうです。
『私は韓国人だ』と公言していたのですが、しかし韓国語を話せないかことからオーディションには一つも受からなかった・・・
なるほどです。

もっと遡ると、2001年に生まれて初めて韓国の済州島に両親のお墓を作るために兄弟たちと行きました。そこで親戚の人にも会ったけれどコミュニケーションに噛み合わない点もあり
「韓国語で親戚と話をして誤解を解いて、両親のルーツを知らないといけないなと思いました」
ということで、アンミカさんが語学堂に留学したのは、明快な目的があったことが分かります。
周りは、元々大学で韓国語を学んでいたり、朝鮮学校出身で、最初から韓国語はベラベラの状態で留学してきた人も多くて。そういう人たちは、朝鮮語訛りをソウル語に直したいとか、もっとブラッシュアップさせたいというのが、留学の理由でした。・・・中略・・
でも留学先では19歳の子に「ねえねえ、ミカりんって呼ぶね」といきなり言われ、驚きました(笑)。でもそのおかげで、自分は大阪では有名で、モデル業界では先輩かもしれないけど、ここではそんなことは関係ない。余計なプライドはいらないのだと気付くことができました。
(2021年『コリアンワールドニュース』地球人としていろいろな文化や考え方を尊重しよう より)
ちなみにこの時期は、ドラマなどの「韓流ブーム」のまだ4年ほど前だったそうです。
AHN MIKA名義で多彩な活動
留学後はAHN MIKA名義にて、女性のための講演会を開催したり、エッセイも出し、トークショーへ出演し、モデル業以外の幅広い活動をしてきました。
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2012年には『歌うま女王は誰だ!?歌がうまい王座決定戦魂の大激突スペシャル』に初出演し、初優勝という偉業を遂げました。
また同じ2012年にアメリカ人のセオドール・ミラーさんと結婚。
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さらに、上記の父親からの教えに沿ったものか、「社会に役立つ資格」をたくさん取得しています。たとえば・・
マスコミ校正
秘書検定
英語検定
珠算
漢字検定
硬筆書写技能検定
毛筆書写技能検定
韓国語検定 などなど
テレビなどで活躍中の方が今さら?(もっと前に取得かもしれませんが)たくさんの資格・・という素朴な感想も湧きがちですが、アンミカさんの場合はそもそも親の教えがあったということ。
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アンミカさんはさらに著名になり、MCとして読売テレビの『情報ライブ ミヤネ屋』や、日テレ『DayDay.』などでレギュラー的な活躍。
それ以外にも『ABEMA 』や、NHKのラジオ【アンミカ Teen‐ager 倶楽部】など、多彩な局面で用いられています。
さらに特に2020年代になると諸々のドラマで、ユニークな役割を担って出演しています。
たとえば2025年の『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』ではパトラ鈴木というユニーク人物を演じました。
ドラマではパトラ鈴木は「アントニーとクレオパトラ」のクレオパトラにちなむ名前だそうで、ダンサーからお笑い芸人に転じました。
ドラマではアンミカさんの恋人、アントニーにちなんだ「トニー安藤」を演じたのは市原隼人さんでした。
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以上、簡単ですがアンミカ(AHN MIKA)さんの出身校についてでした。