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柄本時生さんは柄本明さんの次男、柄本佑さんの弟、今では実力俳優
柄本時生さんの学歴と出身校についてご案内します。
俳優の柄本時生(えもと ときお)さんは、柄本明さんと角替和枝さんの次男で、柄本佑さんの弟でもあります。
学校から帰ると「下北沢の本多劇場に帰って裸足で過ごしていた」(2025年『コドモエ』)という時生さんはまさに、劇団の稽古場で育ったとも言えそうです。
下北沢の地元に馴染んで育ち、小学校は地元の公立校に通い、中学と高校は町田市にある「和光中学校・和光高等学校」に進学しました。
和光高等学校 ⇒ 進学せず
大学で映画を専攻したいという希望があったそうですが合格せずに(後述)、俳優一筋に仕事を続けてきました。
出演歴はたいへん多く、30代にして記しきれない量になっています。どんな役柄も飄々と演じるという信頼感が高い俳優。
広く知られるように名前は、母の角替和枝(つのがえかずえ)さんが沢田研二さんを好きで、子どもの名前を「トキオ」にしたかったことから「時生」と名付けられました。
2025年に女優のさとうほなみさんと結婚したことも話題となりました。
柄本時生(えもと ときお)
生まれ:1989年10月17日
出身:東京都
1996年:(推定)下北沢で小学校入学、7歳
2002年:(推定)和光中学校入学、13歳
2003年:『すべり台』で俳優デビュー
2005年:(推定)和光高校入学、16歳
2006年:大河ドラマ『功名が辻』後陽成天皇
2008年:高校卒業、19歳、『俺たちに明日はないッス』初主演。佑さんと『ET×2』を結成
2009年:『古代少女ドグちゃん』門間慎太郎 、『スラッカーズ』主演、
2010年:『Q10』藤丘誠(柄本明さんと親子役)
2011年:連続テレビ小説『おひさま』タケオ、22歳
2013年:大河ドラマ『八重の桜』金森通倫、24歳
2015年:『赤めだか』立川談かん
2016年:『初恋芸人』主演、『侠飯〜おとこめし〜』若水良太、27歳
2019年:大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺』万朝、『全裸監督』三田村康介
2020年:入来茉里さんと婚姻届(〜2022年)、31歳
2021年:『バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら』柄本時生役
2023年:『家康と三成のスマホ』安田顕さんとW主演
2025年:連続テレビ小説『ばけばけ』山橋才路、『三笠のキングと、あと数人』主演、さとうほなみさんと結婚。36歳
2026年:『パンダより恋が苦手な私たち』宮田真悟 、『水滸伝』白勝
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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(2024年)
柄本時生さんの出身中学と出身高校は「和光中学校・和光高等学校」、卒業生インタビューに詳細あり
柄本時生さんは和光中学校・和光高等学校の卒業生であることが、同校による『和光人卒業生インタビュー』のページでも詳しく取り上げられています。
このときの聞き手は「中高の前校長だった両角憲二先生」だそうで、時生さんの中学時代には学年主任で、高校時代には校長という身近な先生でした。
中学時代の話に戻るけれど、オーディションを受けたのが中1の時?
中2ですね。
『すべり台』ってタイトルだったのかな?
そうです。本当は兄ちゃんの佑にオーディションの話しが来たんですよ。でも、小学生役なのに兄ちゃんは高2で身長180センチ近くあって、「佑は無理」ってなったんですよね。それで「それなら弟がいるらしいぞ」ってことで、オーディションに連れて行かれたっていうのがいきさつですね。・・中略・・
和光中学校1年の時の文化祭ではクラス演劇をやります。演劇は何をやったの?
シェークスピアの『真夏の夜の夢』。
誰が推薦したの?
柄本:オレ(照)。
脚本は誰が書くことになったの?
柄本:オレ(照)。書いている途中で時間がかかりすぎて、蒲田先生がほとんど書き直してくれました・・後略・・(「和光人卒業生インタビュー」より)
こんな様子の気取らないお話。
このように柄本時生さんはお兄さんの柄本佑さんの進学していた「和光学園」におのずと進学していました。
出身高校:和光中学校・和光高等学校
所在地:町田市真光寺町1291
*「学校法人和光学園」は、世田谷キャンパスにも和光幼稚園と和光小学校を開設しています。また和光大学は、和光高校と同じく町田市にあります。
和光高校の出身者には、魚住優さん(慶應義塾大学へ)や、ミッキー・カーチスさん(成城大学へ)などがいました。
和光学園はインタビュー特集でも分かるように「社会で活躍をしている卒業生」などをアピールしているようです。
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生徒たちは幼稚園から高校まで毎年のように宿泊行事があり、時生さんもインタビューの中で「館山水泳合宿」がキツかったけれど、その後に「館山の遠泳と比べると楽だねと思える」ことがあると答えていました。
話は逸れますが、時生さんは『ウォーターボーイズ』のオーディションを受けたけれど遠泳の力では他の記録保持者みたいな人たちに勝てずに落とされた・・とのこと。たいへん悔しかったようです。
また中学から高校に進むときの進路面談には、柄本明さんが来て先生のほうでも緊張しながら話をした場面などを、対談で振り返っていました。
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上記の「和光人卒業生インタビュー」から一部を抜き出すと時生さんは以下の様子でした。ちなみにこの取材は2017年4月のもので、柄本さんが28歳のころ。
・デビュー作の『すべり台』は公開が遅れたので、デビュー作は『4TEEN』」と紹介されることもある。
・中学時代は野球部で、町田市で優勝したことがある。
Jam Films S すべり台
石原さとみと柄本時生がどうみても小学生には見えないのに小学生役を演じてて尚且つ内容が卑猥な映画
たまたま当時映画館で見て?????今でも???
#あれは一体何だったのかと思った映画 pic.twitter.com/9qW2c6ghGa— みつお (@mitsukori) March 17, 2024
・父の明さんは「学びは押しつけるものではなく、本人がその気になった時が旬」という哲学を持っていたが、父親として「でも、和光高校に行くには今がんばるしかないよ。それもひとつの旬」と高校進学時に後押ししてくれた。
・なりたいと思っていたのはプロ野球選手か宮大工。「高校に行かずに、宮大工になるっていうのもありだなぁ」と思っていた。
・父は昔の文献や戯曲を読むが小説はあまり読まないかも。兄はすごく小説を読む。和枝ちゃん(母)も小説を読み、とにかく映画を観る。時生さんもお兄さんもとにかく映画を見る。
・映画は映画館で観る。そこは絶対大切だなって思っている。昔の映画でもゴダール、トリュフォー、ジョン・カサヴェデスとか、オリベータとか、ポルトガルの監督とか。そういう監督達の映画を観る。
・映画はひとりで観るモノだと言われ続けていた。小5以降はお金を渡されて電車乗せられて観に行っていた。それが柄本家の作法。

・仕事の選び方は、どんな役か調べもしないで「やります!」と答えてしまう。仕事は断っちゃいけないって思ってる。
10年くらい前の話とはいえ、この対談で時生さんの性格やご家族の空気感が伝わってくる気がします。
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中学・高校時代の柄本さんにとって大きな出来事はやはり、14歳ころに『すべり台』で俳優デビューしたことでしょう。
上記にもありましたが、時生さんは代理で行ったオーディションを次のように語りました。
「きっかけは、兄ちゃん(柄本佑)に来た仕事が、たまたま受けることができなかったので、僕が代わりにオーディションに行ったんです。『読むだけでいいから』と言われて、まあ迷惑をかけるのもなんだし、とりあえず読んで帰ろうと。そうしたら、監督が『何もできないのがいい』と僕を採用してくれた。そこからです」
(https://numero.jp/talks33/p2 より)
気負わないというか、自然体でいて何か周囲を惹きつけてしまうような魅力があります。
時生さんはお兄さんが『美しい夏キリシマ』に出演しているのを九州まで見に行って、「カッコいいよ、お兄ちゃん」と思ったそうですが、そのときは兄に続くというより「もともと宮大工になりたかった」そうです。
神輿をかつぐのが好きなので、そういうものに近しい職業……だったら「宮大工」でしょ、という感じでしたね。中学生の頃は手に職のなかでも、専門職に就きたいということを漠然と考えていたので、中学を卒業したら、修行できるようなところに行こうかなと思っていましたね。
(https://www.oricon.co.jp/special/48437/ より)
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(2018年)
柄本時生さんの出身地・下北沢と出身小学校(現在の下北沢小学校)
柄本時生さんは兄の佑さんと同様に、地元の公立小学校である世田谷区立下北沢小学校出身とされています。
ただし下北沢小学校が開校したのは2016年の比較的最近のことで、同校は東大原小学校と守山小学校が統合してできました。
柄本時生さんが小学生になったのは1996年のことですから、まだ東大原小学校か守山小学校、または北沢小学校だった可能性が高そうです。
現在の所在地も、当時とは違う可能性が高いようです。
出身小学校:世田谷区立下北沢小学校
所在地:東京都世田谷区大原1丁目4−6
ちなみに「下北沢」に近い公立小学校には、他に著名人の多いことで有名な世田谷区立の「代沢小学校」や「池之上小学校」などもあります。

俳優かつ服飾家の立場で活動する岩男海史さんは、下北沢を拠点にするブランド「MONSTROUSA」を立ち上げており、柄本さんと同じ小学校だったそうです。現在、時生さんは「MONSTROUSA」のモデルも努めています。
お二人のこんな言葉からも下北沢の空気が伝わってきます。
時生:奇抜な格好をしてたので、「お前、下北の人間のくせに下北らしい服着てんじゃねえよ」って思ったし言いました(笑)。地元の人間って、意外とそういうステレオタイプな感じは出さないじゃないですか。
海史:僕は僕で「いやいや、下北で育ったんだからいいじゃないですか」って言いましたね(笑)。
(https://jikkenku.tokyo/interview/3242/ より」)
かつ岩男海史さんによると時生さんは・・
「時生さんは街を歩いているだけで『あ、柄本時生だ!』ってめっちゃ声をかけられるんですよ。でも特に気に留めることもなく、嫌がるわけでもなくいたってニュートラル。」
また時生さんは・・
「学校が終わったら父のいる下北の本多劇場やスズナリに‟行く“というより‟帰る”という感覚でした」
と語っているのも印象的でした。
本多劇場はやはり自分の家のようなものだったのでしょう。
一方で、時生さんは小学校時代は「和光人卒業生インタビュー」によると、「いじめられっ子だった」という話もあり、複数の取材でその点は述べられていました。
オレ、小学校の時、もともといじめられっ子だったから。
・・中略・・
「エモトトキオ」って言う名前を・・中略・・すっごい、いじめられた。○キオって言ってケツ蹴られたりして、わんわん泣いていました。でも、そのいじめっ子は、オレが別のヤツにいじめられていると助けてくれました。
続いて「良いジャイアンに恵まれたって感じです」とも言っているので、悲壮な話をしている印象でもありません。
このような子ども時代を経て、時生さんは先述の和光学園の中高一貫校に入ります。
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(2025年 仮面の忍者赤影 にて)
柄本時生さんの出身大学はなし、映画を専攻したかった
高校の後、進路をどう考えていたかを2015年の記事で、次にように答えていました。
もともと俳優に強い思い入れがあったわけではなく、高校を卒業したら大学に行くつもりだったんです。・・中略・・でも大学に落ちてしまって、ニートやってるわけにもいかないし、もう社会人として頑張って働かなきゃな、と思ったんですよ。そこで『俳優』を受け入れるしかないんだなって。
(https://www.oricon.co.jp/special/48437/2/ より)
このように、柄本さんは大学等へは進学していません。
時生さんは父親からの厳しい指摘もあり、俳優をしながらも「今は良くても仕事はなくなるかも」という緊張感がずっとあったようです。
「でも大人なんだから、働かなきゃいけない。社会人の意識、僕は強いですよ。そういう者でしかないです。ヘンですかね?」
また2021年の『AERA』の記事ではこんな記述も・・
俳優業の入り口は映画。しかも、受験には失敗したものの、大学では映画を専攻したいと考えていた。やはり、映画には並々ならぬ思い入れがあるのだろうか。(*注 地の文)
「監督をやりたがっていたのは、兄ちゃんです。兄ちゃんは小学校6年生から、映画監督志望でした。僕は、俳優としては、映画を中心にやっていきたい気持ちがあります。・・後略・・」(https://dot.asahi.com/articles/-/61981 より)
このように時生さんは大学で映画を選考したいという明確な意思を持っていたようです。
しかし、それが叶わないときには社会人として当然働くという意識で、俳優をやってきたと言えます。
このあたりの淡々と語る様子には、気負うことのない芯の強さが伝わってくるような気がします。
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高校卒業後の出演歴は、今に至るまであまりに多く、記しきれない方の一人となります。
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2008年の高校卒業の年に『俺たちに明日はないッス』で映画で初主演。
2009年に映画『スラッカーズ』で主演し、翌年には『Q10』にて父の柄本明さんと親子の役で出演しました。
◯連続テレビ小説だけみると・・
2011年 『おひさま』宮本タケオ
2025年 『ばけばけ』山橋才路
ということで、主人公のすぐ側でなくほどほどの距離感で物語を盛り上げる人物を演じました。
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『ばけばけ』では、小泉八雲のいた当時の松江にて、コンビニのような役割を果たしていたのかという役割で話題にーー。
ちなみに『ばけばけ』で共演というよりは、同じ地域にいたという関係でさとうほなみさんも出演しており、2025年の11月には、柄本時生さんとさとうほなみさんが結婚したことが発表されました。
結婚については、時生さんは2020年に女優の入来茉里さんと結婚しましたが2022年の6月には離婚が発表されました。入来茉里(いりきまり)さんは鹿児島の出身で、その後2024年に『蜜と毒』で主演などしています。
さとうほなみさんは1989年生まれですから同じ学年。
またさとうほなみさんも2002年に13歳でデビューしてしており、東京で地域は異なりながらも時生さんと同じような経緯を進んでいたとも言えそうです。
◯大河ドラマでいうと以下の3回、出演してきました。
2006年 『功名が辻』後陽成天皇
2013年 『八重の桜』金森通倫
2019年 『いだてん〜東京オリムピック噺』万朝
他にも多彩なドラマに出演し、『バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら』にも実名で出演しているのは、若くして立派なバイプレイヤーズの一人とも言えそうです。
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(2025年)
個性的かつ期待される俳優さんとなっています。
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以上、簡単ですが柄本時生さんの出身校についてでした。