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中島歩(なかじま あゆむ)さん、国木田独歩の「歩」を継承!
中島歩さんの学歴と出身校についてご案内します。
俳優の中島歩さんは学生時代にモデルを始め、モデルを辞めてオーデシヨンを受け、『黒蜥蜴』で起用されてから、ずっと活躍してきました。
子どものころは「王寺」あたりで暮らしていたとされ、小・中学校時代の詳細は不明ながら、高校は都立の小石川高校に進学しました。
東京都立小石川高等学校 ⇒ 日大(芸術学部)
大学は日大の藝術学部、いわゆる「日藝」で、なかでも文芸学科を専攻しました。中学・高校の国語の教師資格も取得。
卒業後は『黒蜥蜴(くろとかげ)』をはじめ、多くのドラマや映画で活躍してきました。味わいのある演技に安定感が垣間見えます。
国木田独歩の玄孫としても知られ、一文字をとった名前とのこと。
結婚についても注目されますが、2024年現在で独身です。 ←じつは既婚でお子さんもおられるそうです。(2025年「女性セブン」より)
中島歩(なかじま あゆむ)
生まれ: 1988年10月7日
出身:宮城県生まれ、東京都育ち
1995年:(推定)小学校入学、7歳
2001年:(推定)東京都で中学校入学、13歳
2004年:(推定)小石川高校入学、16歳
2007年:(推定)日大入学、19歳 学生時代からモデル活動
2011年:(推定)日大卒業、23歳
2012年:『黒蜥蜴』オーディションで雨宮潤一役を得る
2013年:『黒蜥蜴』でデビュー
2014年:連続テレビ小説『花子とアン』宮本龍一、26歳
2016年:『愛の眼鏡は色ガラス』主演
2017年:『植木等とのぼせもん』久野征四郎
2019年:『連続ドラマW 神の手』北野祐也、31歳
2020年:『やすらぎの刻〜道』稲垣新一
2021年:大河ドラマ 『青天を衝け』徳川慶篤、33歳
2023年:『アクターズ・ショート・フィルム3「CRANK-クランク-』主演、『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』半谷雅人
2024年:『不適切にもほどがある!』安森、『四月になれば彼女は』 ペンタックス、『ノスタルジックな休日』、36歳
2025年:連続テレビ小説『あんぱん』若松次郎
2026年:大河ドラマ『豊臣兄弟!』浅井長政、『俺たちバッドバーバーズ』主演、『箱の中の羊』、『Tシャツが乾くまで』樹生、38歳
その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の学校関係などに添えた年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
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(2022年)
中島歩さんの学歴、出身高校は東京都立の小石川高等学校
中島歩さんは都立の小石川高校の出身であることが知られています。
小石川高等学校は名前からも想像されるように歴史ある学校で、創立された時は「東京府立第五中学校」でした。
戦後の1950年に東京都立小石川高等学校と改称。
現在では「東京都立小石川中等教育学校」となり、高等学校に当たる「後期課程」からの入学はありません。つまり中学受験が全てで、難関校として「両国」や「武蔵」と並んで「都立中御三家」となっています。
その移行は2006年から始まっており、2004年に高校に入った中島さんにとっては、中学時代はこちらでなかったことは明白です。
出身高校:東京都立小石川高等学校
所在地:東京都文京区本駒込2丁目29−29
創立:1918年
同校は、なんと「六義園」と「東洋文庫ミュージアム」のすぐ横のような恵まれた位置となります。

都会の真っ只中で、とんでもない美しい日本庭園と本に溢れた記念館を楽しむことのできる素敵な一角です。
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高校時代は、バレー部でした。
また、俳優になった動機を聞かれたインタビューでは、高校時代にその萌芽があったようです。高校時代にバンドや漫才を試みていたとのこと。
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(「不適切にもほどがある!」にて吉田羊さんと)
「人前で表現すること、自分の身体を使って表現をすることに居心地のよさを感じていました。出しゃばりだったこともあると思います。だから、学生のころから高校でバンドや漫才をやりました」
(https://www.wani.co.jp/act/interview/interview.php?id=73 より)
その流れで大学では落語研究会に入ったとのこと。
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【小石川高校の大学合格実績】は「みんなの高校情報」の2023年の例から一部を抜粋すると以下となっています。
国立大学
東京大学 16名
一橋大学 11名
東京工業大学 6名
筑波大学 5名 など多数
私立大学
早稲田大学 81名
明治大学 66名
上智大学 61名 東京理科大学 53名
慶応義塾大学 44名 立教大学 31名 など多数
ということで、大雑把なくくりとしても間違いなく進学校でしょう。
この年のデータによると日大にも11名が合格しています。中島さんが日大の文芸学科に進んだ理由については後述します。
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小石川高校は、伝統校だけに出身の著名人も多く、政界では小沢一郎氏、鳩山由紀夫氏、経済学者の高橋洋一氏、評論家の西尾幹二氏などがいます。
また俳優の加藤剛さんも小石川高校の卒業生で、加藤剛さんと中島歩さんのお二人は、しばしば似ていると話題となりました。
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(2024年『ノスタルジックな休日』 にて 市川実日子さんと)
中島歩さんの出身地・東京と出身小学校、出身中学校(学校名は不詳)、北区の王子あたりで育つ
生まれたときは宮城県、育ったのは東京都とされています。
中島歩さんの出身小学校、出身中学校は今のところ分かっていません。
ただし、「石鍋久寿餅店の久寿餅」というページの2014年当時のインタビューによると、「4歳から3年前に実家を出るまで約20年、王子に住んでいた」とのことです。
つまり2011年の大学卒業時くらいまで、王子にあったご自宅に住んでいた様子。
また、ある方のツイートでは
@high_ret
中島歩という中学・高校時代の知り合いが美輪明宏の舞台で俳優デビューをするらしい、 2012年12月31日
・・ということは、この方は中島さんと同じ学校にいたとは明言していませんが、公立高校に進んだ中島さんと知り合いだったということは、中学も、地元の公立中学校だったのではないかと推定できそうです。
王子といえば、東京都の北区に属しJRの王子駅の近辺には飛鳥山公園があります。
大河ドラマ 『青天を衝け』の影響で、飛鳥山公園の渋沢栄一の記念館等を訪ねる方がさらに増えたとのこと。訪ねてみると落ち着いた空気の公園でした。
ちなみに『青天を衝け』には中島歩さんも出演していました。
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東京都北区の公式サイトを調べると北区の区立中学には、住所が「王子」となっている中学には次の学校があります。
王子桜中学校
明桜中学校
堀船中学校
歩さんの時代は20年以上前のことなので、類推にも限度があるでしょう。
しかし想定の範囲ながら、中島歩さんの出身中学は、北区の公立中学だったのではないか・・と、このページでは考えています。

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詳細が分かり次第、追記させていただきます。
なお、中学までサッカーをしていたことが分かっています。
中島歩さんの学歴、出身大学は日本大学、文芸学科でモデルから始める
珍しい「藝術学部の文芸学科」の出身
中島さんは高校卒業後、日大の芸術学部に進学しました。いわゆる「日芸」。
日大の芸術学部の出身者は多いのですが、一方で「藝術学部の文芸学科」の出身者は比較的少ないようです。(その少ない一人が内田慈さんで、内田さんのほうが5年ほど年長。)
というのも、中島さんは大学入学時にまずは「文学を学ぶ」ために進学したようです。
高校の時に評論を勉強するようになり、受験で必要な論文を書くうちに、書くということは考えることで、そこに面白さを強く感じたんです。何かの小説にほれ込んだというよりも、理論的に考えて書くことが面白かったです
(https://www.wani.co.jp/act/interview/interview.php?id=73 より)

さらに「日芸」を選んだ理由についてはーー
教師になろうと思っていたこと。
しかし、教育学部に行くと先生にしかなれないと言われ、深夜ラジオの『オールナイトニッポン』や、爆笑問題さんの『JUNK』を聞いて「日芸」のことを知った様子。
また、「本当は別の学校に行きい気持ちもあったんですが、実は日芸だけ合格したというのもあるんですけど」と語っていました。
出身大学:日本大学藝術学部
所在地:東京都練馬区旭丘2丁目42−1
このように、中島歩さんは日藝において文芸が入口であったけれど、学生時代に落語研究会で落語をやったり、
「演劇好きの人が周りにたくさんいて、刺激を受けて色々な芝居を見るようになりました」
と語ったように、映画や演劇に入り込んでいった、ということです。ちなみに高座名は大家主水(だいや・もんど)だったそうです。
「小説を書く学科なので、小説を書いたりしました。
物を書いたり、楽器で自己表現をするって、凄くかっこいいと思うんですけど、僕はそんなに器用ではないので、
テキストがあって、その役になって自分の身体と言葉を使うことのほうに、フィットした感じがしました」
(https://www.wani.co.jp/act/interview/interview.php?id=73 より)
ところで中島歩さんというと、国木田独歩の玄孫(やしゃご)ということは、やはり気になります。
ひ孫の子ども、つまり国木田独歩(1871〜1908年)からみると5世ということになります。
子孫だから文学? と類推するのは軽薄かもしれません。しかし大学でまずは文芸学科を選んだのも、さもありなんという気がします。
『黒蜥蜴』のオーディションで役を得たときは、卒業後のまだ24歳ほどでした。
そこで美輪明宏さんに優しくときには厳しく指導をいただきながら、ふさわしい立ち居振る舞いも自分のものにしていった経緯が、インタビューの様子で分かりました。
その後、略歴のように出演作も続々と増えています。
花子とアンに出てる中島歩さんカッケー!調べたら黒蜥蜴のオーディションで美輪明宏に選ばれて最近デビューしたんだと^o^ さすが美輪さん… pic.twitter.com/zSiV3Ug4fn
— メメント・モウリ (@onitama_yasashi) July 18, 2014
意外にも自称「下積み時代」が長かった
『花子とアン』では実在の人物、宮本龍一をモデルとした役を演じました。
意外にも後のインタビューによると『花子とアン』に出演したときは、棒読み役者と揶揄されたとか・・。
そうだったでしょうか。
ただ、略歴を振り返るとこのときから脚光を浴びたというより、振り返ると下積み時代ともいえる時期を過ごしたようです。昼間からお酒を飲んだ日々もあったとか・・
そもそものスタートは学生時代ですが、上記のように落語研究会の一員ではあったけれど、一人で稽古する落語より俳優のほうが向いているし、俳優を目指したい気持ちは強かったとのこと。
そして俳優をめざすためにモデルから始めたということでした。大沢たかおさんや阿部寛さんのイメージがありました。当時は「MEN’S NON-NO」に登場。
直接のモデルの先輩のような存在は、東出昌大さんでした。
「高校の時に(東出が)出ていて。ほう…いけるかな、俺もとか思っちゃって。でっくん(東出)がいる事務所に入ったんですよ」
(https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2026/08/30/articles/20260830s00041000204000c.html より)
しかし、中島さんはモデルが俳優の足がかりになるかなと思っており、東出さんはそんなつもりはなく、しかし・・「あっという間に彼が売れていっちゃって」だそうです。
実際は2026年の時点で振り返ると、中島さんも充分に「売れて」いったことになります。
このように学生時代から始めた「モデルから俳優へ」という構想は成功した形になります。
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上記の『花子とアン』が2014年のことで、まさに10年の下積みを耐えたようなかたちでしたが・・・
2024年には『不適切にもほどがある!』と『四月になれば彼女は』 といういずれも話題作に出演しました。
「不適切にも・・」では役が自然と馴染んでいる様子が、さすがの貫禄でした。
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(2024年『四月になれば彼女は』 にて)
さらに2025年の『あんぱん』でも、期待され話題となりました。登場してまもなくプロポーズという難しい役のはずでしたが、すでにオーラを放っていた演技が圧巻でした。
中島歩、のぶのお見合い相手・若松次郎役で『あんぱん』出演 神野三鈴は次郎の母役にhttps://t.co/j0bP8UvAZt#朝ドラあんぱん #中島歩 #神野三鈴
— リアルサウンド映画部 (@realsound_m) May 2, 2025
続く形で「朝ドラ」からまた「大河ドラマ」への出演となりました。
2026年の『豊臣兄弟!』での浅井長政役はやはり劇的。
「おいちさん」(宮崎あおいさん)を如何に迎えそして別れるかは、歴史ドラマで繰り返し描かれたテーマ・・・やはり見どころでした。
ところで『豊臣兄弟!』で宮崎あおいさんと共演したことが、なにかの転機となった様子。
「宮崎あおいさんと大河でお芝居して、凄くシンプルにお芝居されていて、自分の芝居が貧乏臭く感じるようになってきちゃって。あれも表現して、これも表現してって。特にお殿様っていうのもあるから
・・中略・・全部お客さんにわかってもらわなくてもいいや、勝手に想像してって」
(『スポニチ』 中島歩「Tシャツ」演技は大河で共演の女優から影響「自分の芝居が貧乏臭く感じるようになってきちゃって 2026年8月)
こちらは『Tシャツが乾くまで』関連の取材でした。
『Tシャツが乾くまで』で、もはや貫禄さえ見えるのですが、背後では自身のもろもろの変化や思うところがあるのだという、いわば当然のことにあらためて感心しました。
『Tシャツ・・』は注目され、あらためて蒼井優さんの凄さを感じました。
それにしても役柄が広まって、昨今たくさんの「中島さん」をお見かけするようになりました。期待しています。
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以上、簡単ですが中島歩さんの学歴についてでした。