「島耕作」を生み出した弘兼憲史さん
弘兼憲史さんは、『島耕作』シリーズで知られる漫画家。奥さんはやはり漫画家で柴門ふみさんですが、元はアシスタントだったそうです。弘兼氏は小学校時代からの手塚治虫ファン。
山口県の出身で、地元の高水高等学校・付属中学校を経て、早稲田の法学部を卒業しました。
山口の縁というのでしょうか、徳山大学の客員教授も務めています。その後、山口大学の客員教授も。
高水高等学校・付属中学校 ⇒ 早稲田大学
高水(たかみず)高等学校付属中学校は中高一貫の私立の共学校です。学生時代は漫画研究会に所属し、早稲田を卒業後、松下電器に勤務した後、漫画家デビューしました。
弘兼憲史(ひろかねけんし)
生まれ:1947年9月9日
出身:山口県岩国市
1954年:(推定)小学校入学、7歳
1970年:(推定)中学入学、13歳
1973年:(推定)高水高校入学(内部進学)、16歳
1966年:(推定)早稲田大学入学、19歳
1970年:早大法学部卒業、23歳
1973年:松下電器を退職
1974年:『ビッグコミック』の「風薫る」にてデビュー
1980年:矢島正雄原作『人間交差点』、33歳
1983年:『課長島耕作』連載開始
1991年:『加治隆介の議』連載開始
1995年:『黄昏流星群』、48歳
2007年:『美しい国づくり』プロジェクト・企画会議委員
2017年:『ハロー張りネズミ』ドラマ化、70歳
その他著書多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の学校関係などに添えた年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。
弘兼憲史さんの出身高校は山口県の高水高等学校(出身中学も)
高水高等学校は上記のように山口県の岩国市にあります。
高水高等学校
所在地:山口県岩国市尾津町2丁目24−18
岩国市と言えば観光では「錦帯橋」で有名。高水高等学校から数キロの距離にあるようです。
高水(たかみず)高等学校・付属中学校では設立者の学校法人高水学園が岩国短期大学も設立。私塾として最初の開塾は1873年という長い歴史もあります。
俳優の平岡祐太さんはこちらの高校を中退して、東京に移っています。
国公立大学への進学者が20名くらいということで、詳しいことは分かりませんが、弘兼さんは高校の中でも成績上位を保っていたと考えられます。
弘兼憲史さんの出身大学は早稲田大学
弘兼憲史さんが早稲田に進んだ時代は、法学部も「第一法学部」でした。
早稲田にも漫画研究会があったけれど、他の大学の漫画研究会との交流も頻繁にあったもよう。
もちろん勉強はしたことでしょうけれど、漫研の一員として諸々を吸収した時代だったかもしれません。
早稲田大学
所在地: 東京都新宿区戸塚町1丁目104
松下電器には卒業後の1970年に入社し、3年ほどで退職していますから、今考えると、輝かしいばかりに短期で独立した漫画家へと邁進した様子です。
———「台所に立つことから始めよう」というお話では、妻との交渉術もアドバイスしていらっしゃいます。
仕事一筋で働いてきた男性の中には、家庭のことは奥さんに任せっきりという人もいるでしょう。その男性がいきなり台所に立とうとしても、奥さんの抵抗に遭うことは必至です(笑)
シニア世代は、奥さんとフィフティフィフティの関係になるのが理想。そのためにも、いきなり始めるのではなく、奥さんを楽にしてあげられるところから段階的に始めるのがいい。そんなアドバイスを書いてみました。
(ブック・アサヒ・コム 2017年9月28日より)
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漫画以外の著書が多いことも知られています。
課長 島耕作の著者である、弘兼憲史氏の講演会に来てます!『課長島耕作が見た今後の日本の世界戦略』 pic.twitter.com/7DUXTFtC
— 佐藤雅一 (@noinoi99) November 5, 2011
『島耕作』シリーズも黄昏流星群も2021年現在連載中。
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以上、簡単ですが弘兼憲史さんの出身校についてでした。