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原田マハさんは関西学院大学の出身でさらに早稲田の二文に

      2019/10/04

原田マハさんはキュレーターとしても活躍してきた小説家です。『モネのあしあと』『ゴッホのあしあと』等の美術関連の小説が注目されています。

生まれは東京ですが、岡山で育って地元の山陽女子高等学校から関西学院大学に進学しました。卒業後、仕事に就いたあとに、早稲田大学の第二文学部に学士入学(編入)しています。

 

山陽女子高等学校 ⇒ 関西学院大学 ⇒早稲田大学

 

小・中学校は岡山市の三門小学校、同じく石井中学校の出身となります。 関西学院大学では文学部日本文学科、早稲田大学の二文では、美術史学の専攻でした。

関西学院大学の卒業後にマリムラ美術館に勤務した時期があり、さらに結婚後に早稲田で美術史を学んでいます。

ちなみに学士入学は編入の一つで、3年から入ったことになりますが、在学中に森美術館の設立準備に携わっています。

 

マリムラ美術館との接点も、自らの飛び込みアピールだったそうです。さらにその後、伊藤忠商事でも勤務し、早稲田の学生だった最中に森社長との縁で森美術館の立ち上げの仕事に就いていますから、バイタリティーのある経歴と言ってよいでしょう。

 

(個人の感想ですが)原田マハさんといえば、一昔前、作家の原田宗典さんに妹がいて、妹のマハさんも小説を書いている・・という印象でした。しかし今や原田マハさんは作品が映画化、ドラマ化もされている大御所と言えそうです。

 

原田マハ

生まれ:1962年7月14日
出身:東京都小平市
1978年:(推定)山陽女子高等学校入学
1981年:関西学院大学入学
1985年:(推定)関西学院大学卒業
1988年:マリムラ美術館に就職。
1990年:結婚
1994年:早稲田大学第二文学部美術史科入学
1995年:株式会社森ビル入社
1996年:早稲田大学卒業
2002年:独立してキュレーターに
2005年:「カフーを待ちわびて」
2012年 :『楽園のカンヴァス』で第山本周五郎賞
2016年:『モネのあしあと 私の印象派鑑賞術』
2017年 :『リーチ先生』で新田次郎文学賞
その他作品等多数

 

ちなみに原田マハさんはペンネームで、想像通り、「着衣のマハ」等のあのマハから取っています。

 

 

 

出身大学は関西学院大学と早稲田大学、出身高校は山陽女子高校

 

山陽女子高等学校は、岡山市にある私立の女子校。創立は明治19年という、歴史ある学校で、当初は「山陽英和女学校」でした。

系列校として山陽学園大学があり、現在は共学の大学となっています。

所在地は岡山市中区門田屋敷二丁目2番16号

「渡辺麻友がキミの学校のポスターになってくれる権」を受賞したそうです。制服が可愛いということですね。

 

高校時代は、漫画を書いたりフォークソングを歌ったりという自由な女子高生だったとか。

出身者には、原田マハさんの他に、水泳の木原光知子さん、宝塚の都姫ここさんらがいます。

 

上記のように原田マハさんは当初、関西学院大学に進学します。ドイツ文学科に入ったけれど、日本文学科に転科したそうです。

しかし後には森ビルの森社長の通訳を務めたくらいですから、マハさんに限らず自分が何が向いているかというのは、分からないものです。

 

関西学院大学の所在地は神戸市灘区王子町

関西学院大学の学部別の偏差値

 

出身者には、絵画家の吉原治良さんや、笑い飯の哲夫さん、大江千里さん、双子の三倉茉奈さん三浦佳奈さんらがいます。

 

関西学院大学が創立されたのは、明治22年になります。関関同立と言われるように、関西圏の著名私立大学の一つとなっています。創立者はウォルター・R・ランバスさん。

 

大学卒業後の詳細は不明ですが、卒業の数年後にマリムラ美術館で勤務することになります。日本文学科卒で、ふつうに考えると学芸員の資格は取得していないはず。

その為もあったことでしょうけれど、その後、1994年に早稲田大学に学士入学します。早稲田の第二文学部は度々、弊サイトで書いていますように、現在はありません。

 

早稲田の第二文学部の出身者には、市原悦子さん、永六輔さん、風間杜夫さん、田原総一朗さん、タモリさん、辺見庸さん、吉永小百合さんらがいます。

 

 

学芸員資格も取得して早稲田を卒業した原田マハさんは、在学中から携わっていた森ビルで、森社長の通訳をするなどして活躍。

その後、40歳で独立しました。

 

沖縄での体験が転機となったそうですが、2005年には「カフーを待ちわびて」を執筆し、その後の怒涛のような執筆活動が始まります。

 

 

 

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