出身大学

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角田光代さんは早稲田大学第一文学部を出て小説家に

      2019/10/02

角田光代さんは話題作を多数著している小説家。神奈川県の出身で、捜真女学校中学部・高等学部を経て早稲田大学の第一文学部に入りました。

小学校も、同じ系列の捜真小学校を出ていますから、角田さんは小学校から高校まで捜真学院ということでしょう。

捜真女学校高等学部 ⇒ 早稲田大学

 

大学在学中にすでにジュニア小説でデビューしていますが、大学卒業の一年後には海燕新人文学賞を受賞して角田光代名でデビュー。

じつに順調なスタートに見えます。小説家になりたいと子どもの頃から思ってきたという角田さんならでは、かもしれません。

 

角田光代(かくたみつよ)

生まれ:1967年3月8日
出身:横浜市
1982年:(推定)捜真女学校高等学部入学
1985年:(推定)早稲田大学入学
1988年 :「お子様ランチ・ロックソース」コバルト・ノベル大賞受賞
1989年:早稲田大学卒業
1990年:「幸福な遊戯」で第9回海燕新人文学賞
1993年:「ゆうべの神様」、「ピンク・バス」で芥川賞候補
2002年:「空中庭園」2005年に映画化
2004年:「対岸の彼女」2006年にドラマ化
2006年:伊藤たかみ氏と結婚(2008年に離婚)
2007年:「八日目の蝉」2011年に映画化
2009年:河野丈洋氏と再婚
2012年:「紙の月」2014年に映画化
2017年:「もう一杯だけ飲んで帰ろう」河野丈洋と共著
2018年:「私はあなたの記憶のなかに」
2019年:「愛がなんだ」映画化
その他、発表作等多数

2019年に公開される「愛がなんだ」も期待されています。

 

 

 

出身大学は早稲田大学、出身高校は捜真女学校高等学部

 

上記のように角田光代さんは小学校から高校まで捜真学院に通っています。中学と中学と高校の正式名は捜真女学校中学部・高等学部で、学校名に「女学校」が付いています。

 

創立は1886年と古く、当時の名前は英和女學校でした。

学校の所在地は横浜市神奈川区中丸8番地

 

近くに神奈川大学のキャンパスも見えています。

 

一般にお嬢様学校のイメージが強いようです。出身者には、阿木燿子さんや中村うさぎ さんが居て、ともに分筆界で活躍しています。

 

早稲田を選んだ理由はくわしく分かりませんが、小説家を志していた角田さんが第一文学部に入ったのは普通の成り行きだったことでしょう。

早稲田では、学生劇団「てあとろ50’」にも所属していました。

 

早稲田大学第一文学部については、他の方のページにもありますが、第一文学部としての入学は2006年までとなっています。

 

出身者は多く、阿刀田高さんや五木寛之さん、大口玲子さん、俵万智さん、小川洋子 さん、小和田哲男さん、北川悦吏子さん、東海林さだおさん、高橋三千綱さん、野坂昭如さん、久間十義さん、堀江敏幸さん、村上春樹さん等がいます。

 

 

角田さんの主要作品は、NHKの「ドラマ10」でドラマ化されたり、さらに映画化されたり、かなり幅広いファンから支持されていると言えそうです。

 

個人的には「八日目の蝉」の最後の場面に、こんな表現ができる作家がいたのだと、少なからず衝撃を受けました。

 

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